第74話

「何ぼーっとしてるのよ。未だ寝ぼけてるの?」


 俺とアンちゃんは宿の食堂で朝食を食べている。リンキの街から離れる事になった俺たちは、ビーム辺境伯邸を辞してこの宿屋に移っている。


 昨日は王族への魔法のデモンストレーションの後、再び宰相閣下の執務室に戻り諸々の手続きを行った。主に王族方への魔法のプライベートレッスンに関する事だ。給金はまず1週間お試しでやってみる事にして、その後決める事にした。あと、王城へ入るための書付を宰相閣下から頂いた。


「これを城門の守衛に見せれば、案内役がやって来る。その者に付いて行くと良い。」


 宰相閣下、ご配慮ありがとうございます。俺みたいのがうろついてたら速攻地下牢行きですもんね。


 そしてその後アンちゃんを迎えに行って合流し、王都の冒険者組合事務所へ行った。組合へは事前に連絡が行っていた様で、Bランクへの昇格手続きはすぐに行ってくれた。準公務員扱いなので、月金貨30枚も頂けるらしい。王都の物価は高いから、住宅補助って感じかな。ま、サボっているとすぐ降格になるみたいだけど。


 そしてビーム辺境伯邸に行って、僅かな荷物を抱えてこの宿に来たという訳だ。因みにこの宿は組合に紹介してもらった。何しろ俺たち二人ともお上りさん。街中の事なんて全然全く知らないもんね。


*****


 試用期間中の家庭教師である俺は、今日も登城する。行きたくは無いが登城しなけりゃならない。これじゃ前世のサラリーマン生活とそう変わりないぞ。お腹痛いって言ってずる休みしちゃおうか。でも電話もメールも無いから連絡付けられないなぁ。


「はあぁ。」


 思わずため息を漏らすと、アンちゃんが心配そうに声をかけてくれる。


「どうしたの?今日は朝から何か変よ。」


 俺はアンちゃんの耳元で囁いた。他人に聞かれて良い様な内容じゃないからね。


「陛下に呼ばれて王城に行かなきゃならないんだけど。行きたくないよう。」

「なによ、名誉な事じゃない。頑張って行ってらっしゃい。」


 いつもブレないアンちゃんは景気づけに俺の背中をバンと叩いた。


「どう?シャキッとしたでしょ。」


 いや、ただ痛いだけです。それと、俺が元気ない理由がもう一つあるんだ。


「あ、今日私が見学しに行く道場はこっちだから。じゃあまたあとでね。」


 そう、理由はアンちゃんと別行動になるからだ。おそらく家庭教師やってる間は殆ど別行動だろうなぁ。

 そしてアンちゃんは高い尖塔が特徴的な大聖堂の方へ歩いて行った。アンちゃんも決して方向音痴ではないけど、初めての王都で道に迷ったりしないのかな。街のどこからでも良く見える王城へ向かいながら、俺はそう思った。

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