第27話 Kobold-Vagrant-Batshit-Bastard2

 女傑をいざ誘拐するといってもどうすりゃ良いんだ。部外者扱いでも向こうは一応貴人に連なる立場でありガードが固い。とそこで気付いた。俺たち女装して街に潜入してるじゃん、と。なのでそこを活かして公共施設たる蒸気風呂に潜入することにした。ここならいかな女傑とて装備も持たず油断するはずだ。完璧な作戦である。


「いやいやいや、流石に一糸纏わぬ姿は女装もクソもなくバレるでゴザルワン!」


「証拠が目の前にぶら下がってるからねジャアクワン」


「文字通りですね。面白いですホネホネワン」


 なんだそのキャラ作り。どういう語尾なんだ。


 任せておけ諸君。裸対策は練ってある。もはや万能薬化しつつある俺の体液だが、今回は糊のような粘着性のある液体でじょばじょば出してみた。これを下腹に塗りたくり、狗尾草コボルトの毛を張り付けて完成である。


「おお。何かカワイイでゴザル」


 髪色と同じ体毛の奴らの寝込みを襲い、ブラッシングして奪った毛なので違和感なく馴染んでいる。イヌ耳シッポも変わらず付けているので狗尾草コボルトのコスプレをしている感じで可愛い。ズタ袋少女は髪色が特殊過ぎたので近い色だった毒狗尾草バブルコボルトから奪ってきた。ズタ袋には必要ない装備だが、裸で大立ち回りさせるのは可哀想だからな。

 そう簡単に匂いが落ちないようベトベトにしてから風呂場に向かう。


 老若問わず可愛い毛玉がわちゃわちゃしていて良い眺めなのだが残念ながら色気はそんなに感じないのかパーティーメンバーはみなケロッとした顔である。サキュバスハーフたる俺は全然いける。多分その気になれば植物とすら繁殖できるからな俺。


貴殿との!隠れてない!引っ込め…いや無理か!鎮めて!」


「無理だ。どうしてもというならお前が鎮めてくれ」


「え、ええー。仕方ない。わかったでゴザル。なるべく急ぐから皆は壁になってて欲しいでゴザル」


 …ふう。潜入任務はスリルがあるぜ。





「なあ!何故人間の子供たちがこの街に!?」


 数々の苦難をチームプレイで乗り越えつつ、先に入浴していた女傑を捕捉したのだが、そういえばガワ以外は狗尾草コボルトの血が薄い人物であった。匂いに騙されることなく普通に視覚でバレた。


「あ、いえあなたと逆です。見た目人間なのですが鼻が利きすぎて向こうで馴染めず避難してきました」


 流石邪聖少年。息を吐くように嘘を吐いた。しかも女傑の生い立ちからしてつい目が曇るような嘘である。




「それで、向こうでたまたま出会いまして、ここまで力を合わせてやってきました」


「はっ、はうぅ」


「そうか。苦労してきたのだな」


「はうぅ。はっ」


 蒸気風呂の貴人用個室で横並びに座り、偽りの身の上話を小一時間話している。恐ろしい話術だ。そりゃスラムの帝王にもなるわ。またそれぞれの生い立ちに微妙に重ねて話しているのでリアリティーがある。


「ふふ、しかし、一端のレディとして扱わねばいけないのはわかるのだが、同期を膝の上に乗せたりしてはしゃいでいる姿をみると微笑ましいな。私にだってこういう時期はあったんだぞ」


「は、はうぅ」


 女傑がその肉球の手で癖歪み忍者の頭をなでなでする。気持ちいいのかびくびくと震えるつやつやもちもち。


「はひゅー。すごぃー」


「しかし、向こうは多様な人類が暮らすのにな。君たちの様に見た目が近い存在でも生きていけないのか」


「ええ、どうしても、なんと申しましょうか、毛並みが、違うのです」


 邪聖少年の目がキラリと光る。何を企んでいるんだろ?


「毛並み、はは毛並みか。なるほど」


 みんなの頭を、髪をすくように撫でながら女傑が嘆く。


「私のことは」


「ああ、わかります。向こうに居たので。匂いですね」


「そうだ。私の場合は匂いがな。嗅覚は、見た目の通り並みの粟の民ミレットより優れている自負があるが。どうにも周りが言うような匂いのへ価値観が理解できないのだ」


 む、俺が気付いた事なのにあたかも自ら嗅いで理解していたかのように。ズル賢い。そんなところも可愛い邪聖。


「私自身も匂いがないから、ここではいつまでも部外者扱いだ。別に迫害されているわけじゃない。だが、激しい戦場にも大きな仕事にも就けない。客人にそこまでさせるのは申し訳ないと、俺たちでやり遂げるからどうぞ見守ってくれと、悪意なく言うのだ彼らは」


「やはり己の力を」


「ああ!そうだとも。己の力を試したい。野老ノームの角を並べ、蕗冬ゴブリンの首を飾り、郁子エルフの皮を剥ぎ、戦場で大いに暴れたいそして」


「そして、仲間として認めて貰いたいだけなのだな私は。すまない。大勢の中で孤独などと。お前たちへの配慮が足りなかった」


 このまま毒で拐うつもりだったが、気が変わった。付け耳をはずし、肌の色を元に戻す。流石に俺は顔が割れているので、勝手に腹パン神官の顔を借りていた。その正体をばらす。


「オマエは。…何故だ。オマエならどうにでも殺せたはずだ。この街の中なら復活することもない」


 流石女傑。恐怖や殺意の反射を抑え込み意図を知ろうとする。まさしく狗尾草コボルト武人の鑑だぜ。


 口から長い舌と共に小さな石の円盤を吐き出す。本当に今生の俺は自由な体である。


召喚契約石モンスターボード…」


 武器屋のおねーさんから渡されたドレイン対策。これでレベルアップや成長の早いモンスターを捕まえドレインしまくれ、ということらしい。肉感的な奴を見つけたら使うつもりだった。普通に無力化するには困難を極める女傑もこれなら楽に捕獲できると思って。


「拐うつもりだったが気が変わった。俺に帰依しろ。お前の意思で」


「ははははは、オマエのような、死と闇の申し子に帰依しろと言っているのか。世も末だ!」


「そうだよ。俺の、まだ名も無き宗派は、迫害されたもの、迫害したもの、運命に殺されそうなもの、そして、お前のように居場所が無いもの、この世に生きる全ての兄弟姉妹のためにある」


 ここならお前の仲間がいるよ。欲しいだろ。他の何処にもないぞ。特にお前には。


「まあそうは言ってもお前はヒトカドの武人だ。言葉じゃ納得出来ないだろ。何処かイイトコロへ連れていけよ」


「ほう、熱烈なお誘いだ。オマエらが狗尾草コボルトと蔑視する我らへのそのお誘いはつまり」


「そうつまり」


 タイマンで戦え。勝ったらテメェの全てを貰っていく。互いを蛮族と認めるもの同士の神聖な決闘だ。


「いいねぇいいねぇ。やっぱり今すぐ帰依しようかなオマエに」


 狗尾草コボルトの匂いの価値観には馴染めない彼女であったが、間違いなくその尚武の文化は受け継いでいた。それは、もしかしたら人類由来の野蛮なのかもしれないが。


「はうぅー。…ねぇ貴殿との、拙者これ、ハマッちゃったかもでゴザル…わん」


 一瞬俺の時が止まり、再び動き出す時には無心で付け耳を被り直し、顔をまた腹パン神官に変えた。


「先に出て準備しててくれ。俺はもう少しコレとスリルを味わってから出る。いや、もう出てるは出てるんだがな」


 汗とかな。蒸気風呂だからなそりゃそうよ。


「はっ、はぅぅぅん」


 いやぁ、癖歪みも順調に癖歪んできて良い具合だ。


「負けたらこれを主と仰ぐの?」


「そうですよ。毎日が涅槃の心地ですジャアクワン」


「そうですよ。この美しい光景。これが法悦と言うものなのですね。私、神様への信仰が深まる一方ですホネホネワン」

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