9話 見ず知らずの人
「そんなことがねぇ…」
「ドン引きですよね」
ぶつかりそうになったお姉さんと喫茶店に入り、テーブル席で対面で座っていた。
さっき起こったことを、包み隠さず、僕がいかに酷いことをしたのかを話した。
「
「はい」
お姉さんはクスッと笑った。
「今どき高校生も苦労してるのねって思った」
ニコニコしている。なんで?
「僕は酷いことを」
「そうだけど、そうなんだけどさ…」
お姉さんはコーヒーを一口啜る。
カップを置いた。中は空だ。
「なんて言えばいいのかなー…そうだなー…」
数十秒考えたお姉さんはこう言った。
「私は高校生の時は君みたいなことはなかったから平和だったけど、周りには似たようなのがあったなーと…」
次の言葉を数十秒待つ。
「だから、反省して、新たな気持ちで前に進もうよ!」
反省して、新たな気持ちで前進するー…。
考え付かなかった。
「直ぐにとは言わないから、とりあえずきちんと謝って反省して、それからだね」
「はい」
不思議な人というか、全く読めない人と思った。
でも、なんとなく話して良かったなと実感する。
「あっ、これ連絡先だから、いつでもいいからね」
「えっ?」
僕の前に1枚の名刺が置かれた。
有名な大学の名が書かれていて驚いた。
文学部の1年生なのか。
名前は、
「良いんですか?」
「何が?」
「いや、さっき出会って、ドン引きする話をしたし…普通関わりたくないじゃないですか」
それだけ猛省している。
自分のクラスにバレたら孤立しかねない。
それだけ怖くて酷いことをしたんだ。
俯く僕に「そうだねー」と田嶋さんはあっけらかんとした声音で、僕の頭を優しく撫でた。
「なんかほっとけないと思ってねー」
顔を上げて見ると、田嶋さんは微笑んでいた。
なんだか自然と涙が流れ始めた。
「泣かないの!男の子でしょ!って今は言っちゃいけないか、ごめん」
僕は直ぐに首を横に振った。
「田嶋さんの言う通りです。情けないですよね」
「こらこら、ポジティブになりなさいよー!」
田嶋さんは両手で僕の髪をぐしゃぐしゃにして、その手は僕の頬を包んだ。
「君なら大丈夫」
「田嶋…さん」
「だから、笑ってよ」
無理に笑ってみた。ぎこちないだろうな。
「よしよし!」
こんな良い人に出会えて良かったと思った。
※
何も考えずに店を出たが、あれ会計はどうしたっけ。
「田嶋さん、あの」
「ん?」
僕はまさかと思って、慌てて財布をトートバッグから取り出してこう言った。
注文した後に田嶋さんはお手洗いに行った時に会計を済ませたのだろう。
申し訳ない気持ちになる。
「自分の分、お返しします」
「いいよいいよ」
田嶋さんは気にしていない。
「おごってもらってラッキーで良いから!」
「でも…」
「じゃあさ」
人差し指を立てて田嶋さんは提案をした。
「君が社会人になって、その時に私と会ってご飯食べに行こうよ」
「えっ」
「ごちになるね♪」
楽しそうにまた田嶋さんは歩き出す。
その背中を見て、決意した。
「分かりました、必ず!」
僕は田嶋さんに恥じない人に成長しよう。
もう、誰かを傷付けない。
胸を張って歩ける人になるんだ。
「うん、約束ね!」
振り向いた時の彼女の笑顔は、眩しくて忘れられない。
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