親ガチャに失敗した方へ、愚痴っても嘆いても構わないよ

おむすびころりん丸

親ガチャに失敗した

 私は親ガチャを外した。父は定職に就かず酒飲みで、そのぶん母は死ぬ思いで働いた。その内に母は過労で倒れ、私は高校を中退する。そして夜の道に行くと、派手な巻き髪に厚手の化粧で、家族を支える収入源となる。だが私が稼いだ生活費を、母の治療費を、父は酒やギャンブルに垂れ流す。負けると気性を荒げては、母や私をしこたま殴った。


 母は失意のままに死んでいった。開かれた葬式ではおいおいと泣く父、かえってそれが白々しく、私の涙を引き止めた。そして頂いた香典は、全て父の懐に入った。


 ともあれ、これで晴れて一人で暮らせると、そう思いきや、父は私を逃そうとはしなかった。逃げれば私を殺すと、隠れれば誰でもいいから殺すと、そうすればお前は殺人者の娘だと。ふざけた論法で私を脅した。それでも私は逃げ出した。何処かの誰かの生死なんて考えている暇はなくて、そうしなければ金だけでなく、私そのものを求めることを恐れて、父の側から忽然と姿を消した。


 その後は遠方で静かに、父とは関わりを持つことなく暮らし続ける。その内にバーで知り合った男に誘われ、愛情の温かみを知ることに。痛んだ髪を優しく撫でてくれて、私はこの為に生まれたのだと、悟りめいた感傷に浸るも、父の愛を知らぬ私は愛の真偽を見抜けずに、男に騙され捨てられた。失意の中に陥っても、その日その日を生きる為、私は休むことなく働き続けた。


 灰色の日々が続く中、それは唐突に訪れた。心に吹く春風、荒んだ感情に色が付く。忌まわしき誕生日より記念すべき、それは父の命日だった。その報せは人伝に訪れて、故に厳密には命日の二日後。二度と顔など見たくなかったが、動かぬ死者なら話は別だ。葬式などしてやるつもりもないが、しかし一人娘である以上、事後処理はしなくてはならない。


 くたばる父の顔を見て、誰が見ている訳でもなし、私は唾を吐きかけた。残るは役所への手続きに火葬に、そして残った家の後始末。手当たり次第に金を無心した父を、見に来る親族などいなかった。噂を知れば金品も残す遺産もないだろうと、むしろ金絡みの厄介毎に絡まれそうだと、敬遠していたに違いない。


 久々に実家を訪れ、部屋は悪臭を放っている。ごみが散乱し、酒の匂いが鼻を突く。ただ唯一、母の仏壇だけは綺麗な状態を保たれており、そこに何を想ったか、そんなことには興味がない。収集業者に電話をして、不快なごみを一掃してもらうことに。そこには亡き母の仏壇でさえも含まれる。死んだ母に罪はないか、否。この父親を選んだのだ。それは母の罪であり、故に私は親ガチャに外れた。


 産んだ親に感謝しろだなんて、そんなのは恵まれた者の発想だ。子に親を選ぶことはできず、勝手に生まされては自由を奪われ、搾取される者もいれば捨てられる者もいる。無責任な親共なのに、子に感謝の心を求めるな。


 業者が来るまでは部屋の外に出ていたい。ここは臭くて息苦しい、無性に吐き気を催してくる。そして母の遺影に背を向けて、部屋を出ようとしたその時だった。


 テーブルの上に、殴り書きのメモを見つける。果たして私への恨み言だろうか、仮に懺悔の言葉が記されていても、それに揺れ動く心はもはやないし、父には既に興味などない。しかし生きる目的を見失う私、そして死を目前とした者が何を書くのか。それだけが気になって、メモの内容に目を通した。


『俺の人生、実にくだらないものだった。なにもなければ、なによりも運がなかった。金運も仕事運も女運も、そして最たるものは親運だった。最低の両親のもとに生まれて、借金抱えて捕まった。俺の運命は既に生まれた時から決まっていた。親さえ違えば、いいとこにさえ生まれていればこんなことには。俺は親くじに外れたのだ』


 瞬間、私は膝を着く。胃液が込み上げその場で吐いた。そして腹に手を当てれば、そこに感じる仄かな脈動。


 まさか、まさかまさかまさかまさか……


 私は……妊娠している。バーでの男の……子を宿している。私は親ガチャを外したが為に、酷い人生を歩んできた。しかし父は父で親ガチャを外しており、よって子の私も外れるのだ。であれば、いま腹に宿る新しき命の親ガチャは——


 外れる。このままでは、我が子は親ガチャに外れてしまう。父もなく、祖父も祖母もなく、自暴自棄に荒れる母親の私。生まれたこの子はいずれ必ず、親ガチャに外れたことを知るだろう。


 私はこの連鎖を、私で終わりにしなければ。故に私は意を決し、手近な鋏を手に取った——

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