復讐に燃えたところで身体は燃え尽きて鋼になり果てた。～とある傭兵に復讐しようと傭兵になってみたら実は全部仕組まれていた件【旧題：魂は鋼に宿るものか】

アリス

アリス-01

　遠くに歓声が聞こえる。

　それは、劇的な勝利をたたえるものであったり、あるいは、自分の賭けていたやつが無様に負けた様子を罵る声だ。その余韻ともいえる歓声の中には、控室でうなだれるこの男を思い切りけなす罵声が混じる。

　また敗けた。

　控室のベンチで肩を落としてうなだれている男のもとへ向かう。硬い床を蹴って足音を立てて迫る。苛立っている様子は隠さずに、ブーツのかかとで床を強く蹴って、私は今育てている傭兵の前に立った。

「……また、ひどい有様で敗けたな」

　杉屋亮平。対戦開始から終始有利だったはずが、突拍子もない動きで無様な様子を晒しそのまま敗北した復讐者。不甲斐ない試合内容に苛立ってしまい、殴りそうになるのを胸の下あたりで腕を組んで抑え、今回の反省点について突き放した言い方で語る。

「……アリーナ戦で、ほとんど死ぬ危険性が無いとはいえ、無謀な突撃が多すぎる。相手の戦術を含む情報を渡してあっただろう？今回の相手は、ランクが上とは言え興行的にアリーナ戦へ挑戦しているやつだ。お前が敗けるほどでは無かった筈だ」

　問い詰めている。自覚はしているが、半ば、自棄になっている節がある。あの傭兵、荒川尊史と作戦中に出会い敗れてしまった事が、亮平に焦りを生んでいるのはわかっていた。だが、現状、埋めようとしても埋められない絶対的な差、多くの戦闘経験があることが、絶対的な壁として立ちはだかっている。一朝一夕でどうとなる問題では無いのだが、逆にその事実がこの仇討を望む傭兵にとっては過大なプレッシャーになり、全く必要のない局面での吶喊に及んだりする原因になっているようだった。

　──力が欲しい。

　本当に、囁くような声だった。だが、その声が火をつけてしまったようで、激しい願望を私にぶつけてきた。

「……力が欲しい。あの傭兵を、アイツの存在そのものを全部全部全部全部全部消し炭にして、この世からあの傭兵の存在そのものを、アイツが生きている証すべてを消し潰せるだけの力がっ！」

　その声は慟哭にも似て、それでいて泣きそうな声で、私に訴えかけていた。

「……わかった。」

　詰めかけてくるその様にひとかけらの狂気を見てしまって一瞬ひるんだ。そして、深くため息をついて覚悟を決め、こう言った。

「しばらく、アリーナ戦、依頼受諾もなしだ。しばらく訓練をする。」

　その言葉の意味が全く分からない。その表情がそんな風に行っているように見える。ひとまずそのまま続ける。

「……まあ、そういう顔になるだろうな。訓練と言っても、ただシミュレーターに乗って教練を再開するわけじゃない。あの紅いFAVや、それ以外に最近お前が対戦した相手、それに失敗した作戦をシミュレートする。その上で、お前が勝つのに何が必要なのか、それをお前に理解させる。だから」

　そこで区切って、もう一度、私は亮平に伝える。

「しばらくの間、地力を上げるための訓練をする。そのうち、依頼の受諾、アリーナ戦もやっていくからそのつもりでな。」

「ふざけるなよっそんなことしてる時間は無いだろうが！」

「時間は腐るほどあるだろうが。特に荒川尊史を亡き者にするまで、期限はもうけなかったはずだが？」

　そう、特に期限は無いのだ。ただ、荒川も傭兵稼業である以上、いつ作戦中に命を落とすかは判らない。亮平の手が届かない状況になった時、こいつはどうなるか判ったものではないが、いつまでに、という期限は無いのだ。マネージメント契約時点で「荒川尊史を撃破、死亡確認するまで」という目標ではあるが、いつまでを期限に、ということは私からも言っていないし、ましてや当時の(今もだが)亮平に完遂までのロードマップなど無かった。

　つまり、本当に問題なのは先日の敗北にとらわれてしまっている心情で、荒川を撃破するための基礎固めや戦術オプションの習得ができるようにならないとまずい。

「確かにそうかもしれねえが、それでもあの男を早く排除（・・）したいんだよ！」

　「排除」という言葉が出てきたことに違和感を覚えた。普通、こういう時は「殺したい」というものかと思うが……言葉遊びをしている場合でもないので少しの違和感は無視して、少しずつ沈静化している亮平の感情を刺激しすぎないよう、諭していく。

「少しでも早く、と願うならなおのことだ。今のままどうにかしようとしても、結果返り討ちに合うだろうし、今度こそ機体ごと潰されるだろうな。そうなったときに、お前の父親、杉屋 公正はどう思うかな？友人たちは？」

　亮平は思うところがあったらしく、舌打ちをして目を逸らす。その様子を見てもう一押し必要と感じ、さらに続けた。

「繰り返すが、今の亮平の状況では素人目に見ても勝率は相当低いだろう。だから、少しでも実力差を埋められるように訓練をして、アリーナバトルや実戦で経験を増やすしかないんだよ。」

　目を合わせるため亮平の頬に手を添えてこちらを向かせる。

「……わかった。次の対戦まではアリス（あんた）の言うようにする。」

　目が合った瞬間にその視線をまた下に向け、不服さを含んだ声音で亮平は承諾の言葉を吐き出した。

　かくして、無謀な行動を引き留めることに一応は成功したようだった。