何度だってあの花火を
コーマ11
第1話 肉じゃがの作り方
ここはいい。
いい匂いもする、自分を高められる。
賑やかな部屋から少し離れ、人に姿を見せるわけでもない。
ただ真っ直ぐに自分と向き合える場所。
ただ真っ直ぐに上を目指せる場所。
ただ真っ直ぐに人と向き合える場所。
その場所が"厨房"である。
そして私たちが"板前"である。
私の名前は輪島美香。石川県加賀市にある明誠荘で板前を務めて2年になる。
「輪島! 小松! それぞれ野菜を切ってくれ!」
今、声を張り上げたのが能登大輔。我が明誠荘の板前長!この人は世界的にも有名な板前で料理の腕はかなり高い。この人のおかげで明誠荘に料理目当てで訪れる人も少なくない。
そしてもう1人。私の後輩、小松祐希。料理の腕は高いけど生意気。
私も小松も能登さんのことを尊敬している。
優しいし、アドバイスも上手。非の打ち所がないとはまさにこのこと!
そして私は能登さんが大好きだ!!
「能登さん!今日のメニューは何ですか?」
私は聞く。とりあえず何か話したい。意思疎通したい。もっと近くにいたい。
「あれ?俺肉じゃがって言わなかったっけ?」
能登さんはそう返す。
「あれ?言ってましたね!」
私は話したいがために適当なことを聞いてしまった。
「ったく……馬鹿だなぁ輪島は。」
カッコいい。すべてがカッコいい。
「てへへ〜」
厨房で幸せな時間を過ごしていたら後ろから……
「2人ともやめてくださーい。バカップル見てるみたいですよ〜?」
くっ……すぐに突っ込んでくる。だからこの後輩は嫌いなんだ。
すると能登さんは手を叩いて声を出す、
「よっしゃ!お前ら始めるぞ!」
私と小松は2人でシンクロして、
「はい!!!」と答える。
これがいつもの私たちの流れ。
3人とも料理を始める。
私と小松は主に下準備だ。
野菜を切ったり、簡単なサラダを作ったり。
能登さんはその間にメインディッシュを作る。
能登さんが料理をしている時の背中はつい抱きつきたくなるくらい大きく見えて、私もあの場所に行きたいと思う。
「輪島先輩!少しスピードアップしましょう、ギリギリになりそうです。」
と小松が私に言う。
私は静かにうなづいた。
スピードアップしても料理は雑にはしていない。
ガシャン!ガシャン!と1つずつ肯定を終わらしていく。
すると能登さんが小さな声で私に向かって、
「輪島〜、物音は立てるなよ〜」と言う。
静かに落ちついた声で言ったが、音を聞いて私に助言する能登さんの計り知れない実力に鳥肌がたった。
そして今日の仕事が終わる。
「お前ら!今日もおつかれ!時間も良かったし、詰まることなくスムーズにできていた!この調子で頼むぞ!」
「はい!」
小松はさっさと自分の部屋へ行ったが私は能登さんと何か話したくて残る。
「なんだ輪島〜、なんかあるのか?」
「い、いえ!特に何も!」
「そうか、じゃあ!おやすみな!」
「は、はーい」
私はしょんぼりした顔をして部屋に向かうと、
「輪島〜!!!ちょっとそこに座ってろ!」
と能登さんに声をかけられる。
私は何だろうと思い、スマホをいじりながら10分程度待った。
すると能登さんがお皿を持ってこっちへ向かってくる。
「はい!お疲れ様!これ……いま研究中のプリンアラモードだ。もし良かったら感想も頼む。」
私は驚いた。
世界に名を轟かせるほどの板前がお客様以外の誰かのために料理を作ってくれることに。
お皿に乗ったプリンアラモードを大きく口に頬張る。
「美味しすぎますよ!これ!採用です!採用っ!」
私はあまりの美味しさに興奮して、夜遅くに大きな声を出してしまった。
「そうか、良かった!」
と言って能登さんは笑った。
この時私に見せてくれた子供のような無邪気な笑顔を私は一生忘れないと思う。
「騒がしいと思ったらあんたたちかね……」
廊下で声がした。
「お、女将さん!?」
能登さんがとても驚いている。
「やぁ大輔、あれ、美香もいるじゃあないか、祐希はいないのかい?」
すると能登さんが、
「祐希は仕事終わった途端さっさと帰りましたよ!残業するタイプではないでしょう」
女将さんは大笑いしたあとに真剣な顔になって、
「さっきね、お客様とロビーで会ってね。料理が美味しかったとすごく褒めてくれたよ、本当にあんたはやる男だよ、大輔。いつもありがとうね」
能登さんは嬉しそうに笑って、
「光栄な言葉、ありがとうございます」
と言う。
「美香!あんたはこれからだね。頑張ってね。」
と言われて、驚いて、とっさに
「はぁい!」と反応した。
2014年7月15日。
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