第6話
ドブにハマっていたメンヘラ女子高生を助け、二日間家に泊めるという、人生において五周したら一回は遭遇するかどうかの珍イベントをクリアして一週間が経った。
芽杏の話では無事に帰宅しているらしく、家族会議が開かれたそうだ。
当然だな。
と、聞いた感じ恋愛がどうのこうのは知らなそうだった。
俺の家に泊まっていたことも知らないし、その辺上手く濁しているのだろう。
あの女は嘘も上手いらしい。
俺と夜月杏音の関係はそれっきりだと思っていた。
既に二年生の修学旅行組も帰ってきており、日常が戻っている。
もはやあの女にエンカウントすることなどあるわけないと疑っていなかった。
しかし、神というのは実に悪戯好きだ。
「あ」
「……こんにちは」
階段掃除に勤しんでいたところ、例の女に遭遇した。
パリッとした新品感溢れる制服に袖を通した二年生。
誰もがまさか制服を買い換えた原因が、ドブまみれになったからとは思わないだろうな。
彼女は気まずそうな表情をする。
俺も似たような顔をしていたはずだ。
そしてしびれを切らしたのか、彼女にしては予想外の行動に出た。
「学校はどう?」
「……どうってこともないですけど」
「まぁそうね、うん」
一応俺に恩義は感じてくれているのだろう。
数日前に服とスリッパは返却してもらっている。
しかし驚いたな。
対人コミュニケート嫌いのこの人がわざわざ話しかけてくるとは。
「杏音はどうなんです?」
「最悪」
「いつも通りってことですね」
「もう諦めてるからいいの」
彼女は溜息を吐き、辺りを見回す。
俺の周囲に人はいない。
「ここの掃除場所、なんで悠しかいないの?」
「特別棟なんでコスト削減してるみたいで」
「どうせ教室掃除でふざけてる人が多いだけでしょ? 可哀そうに」
「……」
まぁそういう見方もできるな。
要するに島流し刑だ。
教室掃除で遊んでいるパリピやっほいさん達とは一線を画した存在。
つまり俺こそジャスティス。
必殺掃除人だ。
見よこの箒捌きを、レレレのレーってな。
「悠も大変なのね」
「あなたに憐れまれるほどじゃないです」
最低限の友達くらいいる。
修学旅行をぶっちしたくなるような高校生活を送っている人間と同列に並べるんじゃない。
昼食だって一人ぼっちじゃないんだから。
「ってか何の用で? この特別棟は校長室か職員室か事務室くらいしかないでしょ」
「職員室よ。所用でね」
「呼び出しっすか? 課題は出した方がいいですよ」
「ふん。友達もいない私には課題をする時間なんていくらでもあるの。提出管理もバッチリよ」
「それ自分で言っててどんな気持ちなの?」
「羞恥心とか悲しむ心を持ってたらこんな生活してられない」
「でもこの前はヘラってたじゃないですか」
「……マジ性格悪いね」
俺の性格が悪いのは否定はしない。
しかし、改めて見るとクオリティの高いJKだな。
身長は百六十前後だろうが、顔の小ささと足の長さでそれ以上に見える。
流石にこのスタイルの良さは妹の芽杏にはない。
それに顔も美人系で綺麗だ。
全くもってタイプではないが、芸能人と言われても疑わないレベルには達していると思う。
「何、人の顔じろじろ見て」
「綺麗な顔だなぁと思いまして」
「全国平均ぎり上くらいよ、顔面偏差値55くらい」
「むぅぅ、判断しかねますね。絶妙なラインだぁ、自己肯定感が高いのか低いのか」
「私の自己肯定感はメンタル依存」
「今は?」
「割と不調」
「じゃあ調子いい時に聞けば、顔面偏差値60、70と答えるかもって事ですね」
「知らない」
自分に自信があるのは良いことだ。
だが拗らせると逆効果だな。
ただの嫌味なやつだ。
実際この顔面で平均ぎりぎり上などと言い出したら、この学校の女子生徒はFラン進学しかできなくなりそうだ。
まぁそんなことをこの人に言っても、『そうね。この学校の女子は全国的に見たらレベル低いと思う』なんて返されるのがオチだろう。
うわぁ。
「変な妄想で私の事蔑んでるでしょ?」
「じゃあ聞きますけど、杏音の顔面偏差値が55ならこの高校の女子達の数値は?」
「愚問ね。顔の良し悪しなんて主観なんだから私に判断できるわけないし。自分の顔を好き勝手言うのは別に良いけど、他人のは言わないわよ」
「なん……だと……?」
俺の方が性格が悪かった。
ごめんなさい。
「はぁ、どうせ周りの子の事馬鹿にすると思ってたんでしょ?」
「いやそんなことないっすよ」
挙動不審に苦笑いを浮かべる俺。
腐った考えを見透かされてなるものか。
しかし杏音は目を閉じ頷く。
「まぁイライラしてる日だったらそう答えたかも」
「やっぱりっ!」
「嘘よ、言うわけないでしょ。私は嫌われてるけど最低限の道徳は身に着けてる」
「……は、図りましたね?」
「アホ魚が釣れるのは気持ちいいね」
この女ぁ……。
しかし、俺の思考がねじ曲がっているため文句の言いようがない。
やられたぜ。見事なまでの完封をされた。
「でも悠みたいに性格の悪さを前面に出してる馬鹿は話してて楽でいい」
「馬鹿にしてますね。馬鹿って言ったし」
「普段世の穢れを知らない純粋な子とばかり話してるから」
「芽杏か」
あいつにだって裏の顔はあると思うがな。
実際、ただ純粋なだけでカースト上位には立てない。
というか高校生にもなって嘘とか裏切りとかに悩まされずに生きていけるとは思わないし。
と、そんな事を言おうとした時だった。
今世紀最大の悲劇が起こったのだ。
「何、あたしの名前呼んだ?」
「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっん」
噂をすればなんとやら。
最悪のタイミングでやってきた女。
それは。
「って宮田と……お姉ちゃん!?」
「……最悪」
謎に階段を上がってきた夜月芽杏の存在により、場は凍えた。
「え、お姉ちゃんと宮田!? 何々、どんな関係!?」
馬鹿丸出しな大声で騒ぎ立てる彼女の口を、慌てて杏音が押さえつける。
そこで俺も馬鹿かと語頭につけてから言った。
「声デカいんだよ。お前は自分の姉が『孤高魔女』だって知られたくないんだろうが」
「そ、そうだね。でも驚いちゃって」
彼女はデカい胸を撫で下ろして息をつく。
そして改めて俺と杏音を見てから怪訝そうに眉を顰めた。
「何、知り合いだったの?」
さてさて、どう答えたものか。
この状況下で知り合いでないと言うのは流石に無理がある。
だからと言って知り合いだと言うと後が面倒である。
どこで出会ったの? いつから知り合いなの?
質問はどんどんエスカレートし、最終的に『この前お姉ちゃんを泊めたのって、もしかして宮田?』というところに行き着けば最悪である。
「そう、知り合い」
俺が悩んでいる中、杏音は短く答えた。
目を引ん剝く勢いで彼女を見るが、いつも通りクールな装いで肩を竦める。
「ちょっと待って、どういう繋がり?」
「先週知り合いの家に泊めてもらったって言ったでしょ?」
おい、何を言う気なんだ貴様!
ビビる俺を他所に杏音はとんでもないことを言った。
「あれ、実は悠のお姉ちゃんなのよ。ね?」
「そ、そうだよ」
そこでそう繋げるのか。マジかよこの女。
嘘つき常習犯過ぎるだろそのコンボルートは。
俺に姉がいる事なんて本当一瞬しか言ってないのに。
当然あっさりと信じ切った様子の芽杏ちゃん。
「マジ!? 世間は狭いね!」
「そうね」
「ははは……」
乾いた笑いが漏れる。
流石は孤高『魔女』だ。
やはり悪名通りのモノを持っているとつくづく実感させられる。
「いやぁびっくりしたー! たまたま職員室に用があって通ったんだけど、まさか友達とお姉ちゃんが仲良く話してるとは思わなかった」
「仲良くはないzッ! アギャアアアアッ!」
「仲良しよ」
こいつ、左足で脛を蹴りやがった!
他人が黙ってるからって調子のりやがってぇぇ……。
てめえが俺の家でベソ掻きながらごちゃごちゃ言ってたのも、ノーパンでうろうろしてたのも全部ばらすぞ!
嘘です。命が惜しいです。
「そかそか、仲良しかぁ……」
にやりと意味ありげに俺を見る芽杏。
えっ? 違うよ? ダメな勘違いしてないかい君?
「じゃあねー。……お姉ちゃんは手強いぞ?」
「知ってる」
ボソッと俺の耳元に小声で囁く芽杏。
完全に間違った解釈をしたままその場を去る。
生きた心地のしない時間だった。
そしてこれからも面倒ごとが続くのが確定してしまった。
「あの子、悠が私に気があると思ってるね」
「どうしてくれるんだ。俺は巨乳が良いのに」
「お前いつまでそれ言うの? え、死にたい?」
胸をえぐるようなボディーブローが打ち込まれる。
これあれだ。ハートブレイクショットだ。
ちょっと拳が回転してるし。殺す気かな。
「杏音は嫌じゃないんですか? あの手の勘違いの被害は俺だけじゃなくてあなたにもあると思いますけど」
「どうせすぐ忘れるでしょ。芽杏だし」
「……そうですね」
もうなんでもいいや。
掃除時間も終わりそうだし、実際特別棟という名前がつくだけあってこのフロアは人気がない。
そのためゴミはそう落ちていない。
適当に切り上げて帰ろうとする俺に杏音は口を開く。
「ってか巨乳がいいなら芽杏みたいなのがタイプなの?」
「よしてくださいよ、マジで」
それは地雷なんだよ。
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