第8話 剽窃幇助

 今日のゼミは比較的早く終わった。


 いつもは一人の発表につき1時間程度ディスカッションをする。

 ゼミが終わるころにはすっかり日が暮れてしまうため、終了後は適当につるんで飲みに行くこともある。


 しかし、さすがに学部生は卒論提出、そして修士2年生は修論提出が間近なため、そのような話はなく、ディスカッションルームから自然と居室である研究室へぞろぞろと戻る。


 修士1年M1学部4年B4の、そして博士研究員ポスドクのマリさんは修士2年生M2や学生全体のサポートをするため研究室に残ってくれる。


 アダマース先生、そして例のニイナさんを除き全員が研究室にいる状態だ。


 バイトもできないし、遊ぶ時間もないが、夜遅くまで研究室のメンバーでガヤガヤと研究活動をするのは個人的に好きだ。


 高校時代の文化祭直前のノリを思い出す。


 といっても、文化祭ではあまり良い思い出はない。『本当は一緒に楽しみたいが、うまく中に入れない』状態だった。『興味があるけど興味がないフリ』をしてきた。

 それが、このような陰キャでも研究室では一緒にガヤガヤできている。このようにみんなで研究活動をするのは楽しい。


 ただ、私にはさきほど先生から新たな課題が出されていた。


 ……さて、どうしたものか。


 自分の修士論文に集中すべきときだが、私はニイナさんの研究内容に頭を痛めている。

 とりあえず自分の椅子に座るが、原稿用紙も広げずただ思案する。


 しかし、睡眠不足のため、思考能力がない。

 気を抜くとすぐに寝てしまいそうだ。


「おまえも物好きだなー、ニイナにそこまで熱を上げて」


 同級生のランスが生暖かい笑いしながらやってきた。


「まあ同じチームだしな。ニイナさんも大変そうだし」

 変な誤解をされているようだが、お母さんのことなど、あまり個人的事情をここで話すのは良くないだろう。少しぼかして話をする。


「でもさ、自分でまともに卒業研究もせずに卒業させるのはどうかと思うよ。今日も体調不良とか先生には報告しているけど、本当は友達と卒業旅行に行っているらしいじゃん」


 ……卒業旅行? そんなはずはない。


「いや、実家にいるみたいだけど」

 お母さんの介助をしているんじゃないのか?


 しかし、ランスは自信があるようだ。


「えっ、おまえ知らなかったのかよ。文学部の友達連中と旅行にいってるらしいぜ。文学部とかあっちは卒論発表会がないからな」


「……! うっ、噂だろ?」


 信じられない。


 近くにいた学部4年のアイリさんが話に割り込んできた。


「カイさん、私の知り合いも一緒に行っているから本当ですよ。ニイナさんはああやって人に頼みごとをして、要領良く課題をこなすのが得意ですから。カイさんも気を付けた方がいいですよ」


 …………っえ?


 次に現れたのは修士1年M1のユリシカである。ニイナさんの直接の指導担当者だ。

「僕も最初はかなり騙されました。先輩もやられましたか」


 あの堅物のユリシカくんまで…………みんなでそんな生暖かい笑いをしなくても。


 ランスはため息をつきながら、私にとどめを刺す。


「他の人のレポート代筆は剽窃幇助ひょうせうほうじょといってこれも懲戒対象だぜ。代筆してもらった側はもちろん剽窃ひょうせつ。剽窃幇助も剽窃も,両方とも見つかれば停学にはなるだろう。実験サポートぐらいならいいとして、原則は実験も本人がやるべきことだ。誰かにチクられたら痛い目にあうぜ。あんまり深入りするなよ」

 

 寝不足の頭にはこの事態にどう対処するのが適切か、すぐには答えが出せない。

 私にできたのは、ただただ意味不明なうめき声を出すだけだった。


「…………えぇ、えぇ――――」


 私は机に突っ伏した。



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 気が付いたら夜10時を過ぎていた。

 机の上で寝てしまったようだ。

 研究室にはまだ数人が残っている。


 ……何があったんだっけ。


 寝落ちする前の出来事をぼんやりした頭で思い出す。


 ……ああ、ニイナさんはお母さんの介助でなく、卒業旅行だったんだ。


 しかし、改めて考えると、肝心の証拠はまだない。

 まだ信じられない。


 状況を確認する確実な方法は、本人に聞くことだ。

 しかし、本人が研究室にこない以上、聞く方法はない。


 すると、机の上に私が執筆した投稿原稿案ドラフトが置いてあることに気づいた。

 赤文字で多くの個所が修正されている。図の修正案もある。

 採択されたばかりのマリさんの論文も引用されており、『考察』がきれいにまとめられている。


 赤字はアダマース先生とマリさんの字だ。

 二人がチェックしてくれたようだ。


 なるほど。

 どうやって論文を執筆すべきなのか。

 勉強になる。


『投稿論文修正案の確認をし、改定版を作成してください』

 とのメモを見つけた。


 私は魔蔵器ストレージから必要個所を原稿用紙に転写コピペし、修正箇所を追記していく。


 赤字を反映させるだけなら、あまり時間はかからない。

 しっかり働いていない頭でもなんとかなりそうだ。


 しばらくすると、改定稿が完成した。

 改定稿を魔蔵器ストレージに入れ、終了。


 はあ、もう今日は疲れた。

 いろいろありすぎだ。

 家に帰る気力もわかず、再び机に突っ伏す。


 すると、


「カイさん、お疲れ様です」


 との声がした。

 こんな夜中なのに、気が付いたらアダマース先生が研究室にいらしたようだ。


「こんばんは、先生もお疲れ様です」


 私は急いで挨拶する。


「さきほど魔蔵器ストレージに改定稿が入ったのに気づいてね。まだ研究室にいるのかと思ってきてみました。夜遅くまでがんばってますね」


 ……あっ、机で寝ていたなんで言えない。


「それから改訂稿の件ですが、投稿論文の最終確認はもう少し丁寧にしましょう。早い提出を心がけるのは結構ですが、早ければ良いというわけではりません。修正箇所が他にないか、改善余地がないか、しっかり確認してください」


「はい、すみません。つい気がはやってしまって…」


「この投稿論文については再度推敲した後、3日後に私が投稿しておきます。気が付いたことがあれば2日以内に連絡をください。数か月後には査読結果が返ってくるでしょう。良い結果になると良いですね」


「ありがとうございます。では明日改めて推敲します」


 気が付くと私の浮ついた気持ちは霧散し、現実に帰ってきたことに気づいた。


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 3日後、投稿論文は完成した。


 そして、先生から

「魔材学会誌へ投稿しました」

 との連絡がきた。


 査読結果が楽しみでもあり、心配でもある。


《現在の業績》

 国内学会発表:2件

 査読付き論文:0(投稿中1件)





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 今回は剽窃幇助のお話でした。

 最近は先輩が後輩に過去のレポートを「写して提出すればAもらえるよ!」といってあげたりするのも剽窃幇助になります。私の大学では剽窃した側も剽窃をそそのかした学生も、両方とも発覚すれば停学1か月です。

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