第2話 はじめての論文投稿
「カイさん、投稿論文を書きましょう。」
私は先生に呼ばれて研究室にいた。
「博士号にはもちろん博士論文を執筆する必要があるけど、それに加えて査読付きの投稿論文が必要なのは知っていますよね?」
査読付きの投稿論文というのは、複数の
「はい、博士課程の先輩が本数が足りないと言って悩んでいるのを以前聞いたことがあります」
「この専攻で博士号をとるには2本必要です。査読に半年ぐらいかかることもあるから、できるだけ早く1本でも書いておいた方が落ち着いて研究できます。今のうちに過去のデータをまとめてまずは1本確保しておきましょう。最初の論文の投稿先は魔材学会誌がいいですかね」
魔材学会は国内の魔材に関する研究者が集まって運営している学会である。
その魔材学会が発行する学術誌、それが魔材学会誌である。
ただ、他の学術誌ではダメなんだろうか?
「先生、魔材学会誌に掲載できるほどの論文を私が書けるでしょうか?」
私は不安だ。
「大丈夫です。それだけの実験をこれまでしてきましたよ。それに、博士号に必要な査読付き論文というのは、きちんとした学術誌に掲載されないといといけません」
「えっ? 学会誌にも何か基準があるんですか?」
「そうですよ。この国には各分野の著名な研究者だけが参加できる“魔術会議”という組織があるのは知っていますか?」
「あっ! 国が特定の研究者を“魔術会議”のメンバーに任命しなかったという新聞記事を見ましたが、もしかしてあれですか?」
「はい、それですね。その“魔術会議”という組織が適切な学会だけを協力魔術研究団体として登録しています。博士号に必要な査読付き論文というのは、ここに登録されている団体が出す学術誌でないといけないのです。適当な運営をしている学会も自らを学会と称することができますし、自由に学術誌も出版できます。中には適切に運営をしている学会もあるでしょうが、とにかく協力魔術研究団体に登録されていないと博士号の審査では認められません」
「そうなんですか…。となると、結局はしっかりした学術誌に投稿しないといけないということですか」
「そういうことです。もちろん他には海外の主要学術誌でも認められるので、そこに挑戦するのもいいですが、今回は練習も兼ねて国内誌である魔材学会誌が最適ですよ」
……でも、まずは博士課程の入学願書のために研究計画書を執筆しないといけない。来週締め切りだ。それにもう11月だから、1月に提出する修士論文まであと2か月しかない。そういえば3月には魔材学会研究発表会で口頭発表するって言ってたっけ。それの原稿提出も1月――。
「先生、博士課程に入学してからでは遅いですか? 博士課程が短いといっても3年間あるわけですし」
……まだ慌てるような時間ではないはずだ。急いで変な論文を投稿するより、じっくり検討した方がいいのではないだろうか。
しかし、先生はそうではないようだ。
「3年なんてすぐですよ。それにできるだけ早く論文執筆に慣れることが必要です。研究計画書は先日カイさんが言っていた内容……ええと、何でしたっけ?」
……そんな、先生忘れないでください…。
「《モグナイト金属の氷系魔法による劣化》に関する研究を考えています」
「あ、それでしたね、ではそれを適当に膨らませたら大丈夫です」
……適当に膨らませるといっても、先日ダメ出しされたばかりだ。
「博士論文の研究内容ですが、まだあまり独創的な研究アイデアが浮かんでないのですが…」
正直に先生に伝える。
「それはそれで考えおいてください。研究計画書は文字数があれば問題ないです。少々適当でも博士課程は受け入れ教員である私が大丈夫と言えば合格になりますから」
……そんなもんなのか? 心配だ。
「あ、でもそんなことを他でしゃべってはいけませんよ。ここだけの話です。本当は研究計画書を書く練習も大切なんですから。ただ、研究計画書はアイデアを形にするために書くものであって、アイデアがない状態で書こうと思っても書けないものです。ですから、現時点であまり時間を使っても意味がないと判断しただけです。いずれ、研究計画書を執筆する練習もしていきましょう」
…不甲斐ないが、その通りだ。先生を納得させられそうな独創的なアイデアがまだない。
「はい、わかりました」
と私は素直に返事をする。
というか、これってこのままだと博士論文が認められないというフラグ?
私の不安をよそに、先生は続ける。
「それから春の魔材学会研究発表会ですが、その発表内容は投稿論文の一部を抜粋する形で問題ないです。学部と
…投稿論文を抜粋? それって確か研究倫理的にダメな行為じゃなかったっけ?
「先生、それっていわゆる二重投稿に当たらないのでしょうか?」
「あ、良いところに気が付きましたね。大切な視点です。ただ、同じ魔材学会の研究発表会と学会誌なので、研究発表会の内容を学会誌に投稿することも許されているのです。もちろん、研究発表会の要旨には『魔材学会誌に投稿中』と明記しないといけないですし、投稿論文には『魔材学会研究会で発表した』と明記しないといけません。それがないと、カイくんの言う通り二重投稿になりますね」
なるほど、同じ成果をしれっと複数に出したらやはりダメだけど、特例もあるんだな。
で、先生はそれを避けて、一つの研究成果で一石二鳥を狙っているのか。でも修士論文は?
「修士論文は投稿論文を詳細にしたものだと思ってください。逆に言えば、投稿論文は修士論文のエッセンスですね。修士論文は特別に投稿論文を含めても著作権上問題ないので、流用できます」
ここも流用?
いろいろ特別があるんだな。
一粒で何度おいしいんだ?
「とにかく研究者になるのは少しでも多くの業績が必要です。それに論文執筆、学会発表といった研究活動に慣れる必要があります。場数を踏みましょう。大変ですが、今は研究者になるにはこうやって走り続けるしかないのです」
想像していたとはいえ、やはり研究者の世界は大変そうだ。
「わかりました。がんばります」
私にはこれ以外の返事はできなかった。
「では早速だけど、論文の内容を考えましょう。研究の目的はモグナイト金属がどの程度の氷系魔法を受けると破壊されるかを明らかにすることです。モグナイト金属は最近利用が広がりつつある魔材で、まだ高価だから小さな防具にしか使われていません。ただ土属性の魔材ですから、特に氷系魔法を受けると壊れやすいと言われています。破壊する基準を明らかにできれば防具交換の目安になります」
何度か聞いた『研究の背景と目的』だ。改めて確認。違和感はない。
「氷系魔法の魔力を変えて、何回魔法を付与したら破壊されるかこれまで実験してきましたよね。それをグラフにしてまとめましょう」
具体的には、縦軸に魔材が破断に至るまでの魔法付与回数、横軸に魔力量をとって――とどのようなグラフを作るべきかアイデアを頂いた。
この内容なら学部、修士の時間を使って実験をしてきたデータでまとめられそうだ。
「あ、あと結果の『考察』もしっかりしてください。なぜそのような結果になったのか、まずは自分の力で考えてみてください」
ん? 最後になんか大きな宿題がきた。
なぜその魔力量で破壊したか?
なぜその回数で破断したのか?
それこそ、その魔材の特徴じゃないのか?
よくわからないが、『考察』を自分の力でまずは考えろと言われたのだ。
がんばるしかない。
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はじめての投稿論文執筆となりました。
『結果と考察』としてまとめて記述するスタイルもありますが、今回は分けました。ちょっと教科書的な内容になってしまいますが、もう少しお付き合いくださればと。
次回は『考察』の書き方です。
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