第68話 手出し無用

 なるほど……エレンお兄様のいってた、警戒すべきは魔王とその配下だけじゃないっていうのはこのことだったのか。


「これは、どういう事でしょうか?」


「ん? 何だ聞こえなかったのかね?

 早急にそこの罪人達をこちらに引き渡せと申したのだよ、副団長殿」


 王国騎士団副団長、バリアード・アレス伯爵の先導で王宮内を移動すること数分。

 案内された応接室の扉の前に陣取り、多くの騎士を引き連れて待ち構えていたのは……でっぷりとしたお腹を携えた人物。


「そのような指示は受けておりませんが……エルヤード公爵、これはなんの真似ですか?」


 エドワード・エルヤード公爵。

 エルヤード公爵家は現国王陛下のお祖父様の姉君が降嫁したことによって侯爵から公爵家になった家であり、現在は貴族院の議長を務めているイストワール王国でも有数の権力者。

 そして……


「僕に逆らうのか!」


 エルヤード公爵の隣で怒ってる少年。

 国王陛下やセドリックと同じ金色の髪に、王妃殿下と同じ緑の瞳を持つウェルバー・エル・イストワール第二王子殿下。


「そうですわ!

 王族であるウェルバー様のお言葉に逆らうなど許されることではありませんわ!!」


 そして、エルヤード公爵の娘にしてウェルバーの婚約者たるミネルバ・エルヤード公爵令嬢。

 あの肥満体型であるエルヤード公爵の娘とは思えないほどに可愛らしい子だけど……その内面は父親に似てしまったようで、全然可愛らしくない。


 ウェルバーもミネルバも私の2つ年下の8歳だけどこの5年。

 第一王子であるセドリックに言い寄られてる私を敵視してお茶会とかで幾度となく、つっかかられたし。

 ウェルバーもミネルバもはっきりいって苦手……というよりは嫌いだ。


「そういう事だ。

 アレス副団長殿、大人しくその罪人達を我らに引き渡せ」


 不本意ながら第一王子であるセドリックの婚約者になった私の実家、つまりはセドリックの後ろ盾であるルスキューレ公爵家。

 そに対して、第二王子ウェルバーの婚約者であるミネルバのエルヤード公爵家。


 そりゃまぁ、エルヤード公爵家はウェルバーの後ろ盾だし。

 一般的にいえばセドリックの婚約者である私の実家、ルスキューレ公爵家とエルヤード公爵家は敵対しているといえる状況なのはわかる。


 けど! 私がセドリックの婚約者になったのは不本意なことであり、そうしなくちゃ国が割れる事態になりかねなかったから仕方なく王命に従ったのだ!!

 別にルスキューレ公爵家はセドリックの後ろ盾としてセドリックを王位に就けようなどとは思ってない!


 むしろ、お父様やお兄様達は当然として、珍しくお母様も私が望まない婚約を結んだことを嘆いて、機会があればセドリックとの婚約をなくそうと虎視眈々と狙っていたりする。

 まぁ、そんな裏事情を一切知らないエルヤード公爵がルスキューレ公爵家を目の敵にするのはわかるけども……


「はぁ……」


 この緊急事態になにをやってるのやら、今は権力争いなんてしてる場合じゃないのに。


「エルヤード公、貴方は今がどういう状況かわかっているのか?」


「わかっているとも。

 ここ数百年間、一度もなかった魔王の侵攻だ。

 だからこそソフィア・ルスキューレ公爵令嬢には尊い犠牲になってもらわなばならんのだよ」


「……」


「魔王ナルダバートが何故ルスキューレ嬢を選んだのかは知らんが、たった1人の犠牲で多くの人々が救われるのだ。

 それを拒んでいる貴殿らは罪人といって相違あるまい? それとも、この王宮には彼女を生贄にするために来たのかな?」


「まさか、ソフィーを生贄にするなどたとえ王命だろうとも許さない」


「愚か者共めが……ヤツらを捕らえよ!!」


 エルヤード公爵の言葉に従って、私たちの周囲を包囲していた騎士とウェルバーの近衛騎士達が動き出し……


「ふふ、僕達も随分となめられたものだ」


「まったくだな。

 この程度で俺達に勝てるとでも?」


 アルトお兄様とエレンお兄様の殺気を向けられた騎士達が固唾を飲んで、固まったように動きを止めた。

 まぁ、近衛騎士はもちろん、この場にいる騎士達は全員が精鋭といえる腕を持つ人達だろうけど……


 イストワール王国のみならず、世界的に見てもトップクラスの実力者である私のお兄様達に睨まれればこんなものよ!

 ふふん! 軽く殺気を向けただけで王国騎士の精鋭達を止めちゃうなんて、さすがは私のお兄様達っ!!


「愚かなのは貴方だ、エルヤード公。

 敵は八魔王の中でも特に残虐と名高い不死の呪王ナルダバートだ。

 たとえソフィーを生贄にしたとして、それで本当に魔王がイストワール王国から手を引くとでも思っているのか?」


「っ、それは……」


「仮に、もし仮にソフィーを魔王への供物にすると言うのであれば……我がルスキューレ公爵家はたとえなにがあろうとも今後一切、国のために動くことはない。

 ルスキューレ公爵家を敵に回す事になると思え、わかったな? エルヴァン」


「っ!? へ、陛下っ!!

 何故ここにっ!?」


 おっと、エルヤード公爵は国王陛下がこっそりと見ていらっしゃることに気づいてなかったのか。


「何故って……そりゃまぁ、部屋の前でこんな騒ぎが起こっていれば当然気がつくだろう?

 それと安心しろヴェルト、将来的には私の娘にもなるソフィーちゃんを生贄にするなんて事はない。

 そもそも、その交渉は既に決裂しているしな」


「ふざけるなっ!!

 ソフィーは私の可愛い娘であって、断じて貴様の娘ではないっ!!」


「「「「「……」」」」」


 うぅ……お父様のバカ!

 国王陛下とアレス伯爵は苦笑いだけど、エルヤード公爵とウェルバーにミネルバは唖然と黙り込んじゃったじゃんかっ!!

 せっかくシリアスな雰囲気だったのに……


「と、とにかくだ。

 今は魔王ナルダバートの件をだな……」


「ふふふ、ご安心を。

 ヤツはソフィーちゃんを生贄に捧げろと……我らルスキューレの逆鱗に触れたのですよ?

 あの者は我々が始末しますので、手出し無用でお願いできますか?」


「そ、そうですか」


 おぉ〜、お母様の有無をいわせない微笑みは国王陛下にも効果があるんだ!

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