第36話 北神武術道場での一幕
『昼の2時に門下生が集まる。1時30分頃に来てほしい。』
俺は開いていた携帯を見る。
既に、土曜日。
時間は1時20分だ。
指定された住所の所に行くと、大きな敷地と、中に道場が見える。
・・・でけぇな。
着いた旨をLINで黒絵に送ると、門から黒絵が出てきた。
黒い道着に、黒い袴。
・・・こいつ、道着も黒色なのかよ。
「やあ、よく来てくれたね。こちらだ。道場に父と母が待っている。」
「・・・おう。」
「そんなに緊張しないでくれ。所詮、
笑顔でそう言う黒絵。
だがなぁ・・・
「・・・いや、そうは言っても、両親に会うってのはやっぱり気後れするぞ?」
「なんだい。伝説の『クレナイ』が気の小さい。ドーンと構えていれば良いのさ。」
「・・・はぁ。気楽に言ってくれやがる。」
「ははは!実際気楽なもんさ。ワタシはな!」
この野郎・・・だが、まぁ、こいつを助ける為だ。
これくらいの協力はしてやろう。
・・・それだけの恩もあるしな。
俺があの頃、まだまともでいられたのは、おそらくこいつが居てくれたからだ。
もし、『黒蜂』との出遭いが無ければ、やさぐれた俺は行き着くところまで行って、もう陽の当たる場所には戻れなかったかもしれない。
その恩も合わせて、今日返す。
・・・そんな事照れ臭くて、面と向かっては言えないがな。
道場に通されると、正面に厳しい面をした40代半ば位の男性と、20代半ば位の綺麗な女性がいた。
黒絵に似てるな・・・姉か?
「失礼します。」
そう言って黒絵が一礼してから道場に入る。
俺も、それに習って入った。
「紹介しよう。こちらが父、そしてこちらが母だ。」
母!?
いや、若すぎだろう!?
俺が愕然としていると、黒絵はそんな俺を見て、くすりと笑い。
「若く見えるだろう?だが、あれで母は40・・・」
「黒絵。」
おお・・・黒絵がお袋さんに睨みつけられている。
・・・美人が睨むと迫力があるな・・・
「・・・っと。これ以上は言うまい。んん!!父上、母上、こちらは暮内総司。ワタシの恋人だ。」
そう黒絵が俺を紹介した。
うわぁ・・・めちゃくちゃ親父さんに睨みつけられてるなぁ・・・
お袋さんの方は品定めするような感じの視線だが・・・ん?少し小首を傾げた?なんだ?
おっと、それどころじゃないか。
「はじめまして。私は暮内総司と申します。黒絵さんの学校の後輩をさせて頂いています。」
そう、挨拶をしてから会釈をする。
「「・・・」」
無言かよ。
居づれぇな・・・・
「君は・・・何か武術をやっているのかね?」
重々しく口を開いた親父さん。
「・・・そうですね。物心着く頃まで空手をやっていました。ですが、父親が死んで、色々あって家の家事などをしなければならず、今はやっていません。」
「・・・そうか。」
「あら、それは偉いわね。」
俺の言葉に顔色一つ変えない親父さんと、関心するようなお袋さん。
にしても・・・普通、俺の今の言葉に罰が悪そうな顔をするんだが・・・流石は黒絵の両親って所か。
まぁ、俺も同情してもらいたいとは思わないんだがな。
「・・・黒絵は、」
親父さんが俺を見て口を開いた。
「道場の跡取り娘だ。その相手は強い者でなければならない。君では力不足だろう。」
・・・言ってくれるな。
「それに、我が道場には一つ決まりがあってな。跡取り娘には門下生の中から相手を選ぶ事になっている・・・道場主がな。」
「!?」
・・・まぁ、それは黒絵から聞いてる・・・
ん?なんで黒絵が驚いてるんだ?
「黒絵は知らなかったものね。だから貴方の相手はもう決まっているのよ。暮内くん、申し訳ないけど、別れてくれるかしら?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!そんな事・・・」
黒絵が慌てている・・・
あ、演技か!
迫真の演技だな。
そうか・・・・知らなかったって事になってるのか。
こいつのことだから調べたんだな。
流石だぜ。
「黒絵。もう少し跡取り娘としての自覚を持て。」
「そうよ?暮内くんが悪いとかそういう事じゃないの。もう、決まっているのよ。」
「そんな・・・」
黒絵が泣きそうになっている。
・・・すげぇなこいつ。
女優でもいけるんじゃないか?
まぁ、でも、そろそろかな。
「待って下さい。」
俺がそう言うと、2人は揃ってこちらを見た。
「それは、どのような理由で決められているんです?」
「・・・先程言った通り、強い子孫を残す為だ。だから、弱いものでは務まらぬ。門下生であれば、強さには申し分ない。その中で一番強い者なら特にな。」
「なるほど・・・じゃあ、その相手より、俺の方が強かったら問題無いって事ですね?」
「むっ・・・」
「あら・・・?」
俺が暗そうな演技を止め、ニヤッと笑ってそう言うと、黒絵の両親は目を見開いた。
「・・・そっちが素か。」
「あらあら・・・」
「そりゃ、ご両親にご挨拶するわけですからね。猫も被りますよ。」
「・・・中々良い性格をしているようだな。」
「そりゃ勿論。あなたの娘さんが選んだ男ですから。」
「・・・ソウ・・・」
俺を見て面白そうにしている両親と、泣きそうな顔で俺を見ている黒絵。
・・・おい、やめろ。
そんな顔をあまり見せるな。
・・・演技でも見たくない。
「では、どうやって証明するのかね?」
「そんなの簡単ですよ。その、相手と立ち会えば良い。」
「・・・」
俺の言葉に親父さんは考え始めた。
「・・・暮内くん。やめておきなさい。あなたの空手がどれほどの腕前かはわからないけれど、北神流武術は実戦武術よ。危ないわ。」
お袋さんが真剣な顔で止める。
だが、そうはいかないんでな。
「そうでしょうね。でも、それこそ俺の勝手ですよ。最愛の彼女と別れさせられるかどうかの瀬戸際でしょう?意地の一つも見せないと。」
「・・・後悔するわよ?」
「させてみて下さい。出来るなら。」
「「・・・」」
「・・・ソウ・・・最愛って・・・」
俺のそんな挑発で、黒絵の両親が舐められていると感じたのか、険しい顔になった。
・・・んで、黒絵。
もう演技は良いんだよ。
なんでそんな乙女な感じの顔になってんだ?
やめろ!
・・・変な勘違いしちまうだろうが!!
「そこまでの決意なら良いだろう。身の程を知るが良い。」
こうして、門下生が集合するのを待って、黒絵の相手と戦う事になった。
・・・黒絵!だからやめろってその顔!!
調子が狂うだろうが!!
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