173.ファランクス:タイムパラドックスガン
アンデッド人魚を倒し終わると水がすべて抜けていく。
新しい武器を手に入れた様だが、どうやら今すぐに使う物ではない様だ。
水が抜けきると更に下へ進むハシゴが現れる。
『艦長、次の階が一番底になります』
「わかった。ようやく終わるんだね」
ブラウンのナビゲートでここまで来れたが、それもようやく終わる。
シアンのパワードスーツを
ハシゴを降りると中は真っ暗だったが、数機のドローンを召喚すると中から子機が現れて周囲を照らし始める。
元々荷室だったのか木製コンテナや
「ここに来るように書いてあったけど、誰もいないね」
「あの博士、ウソついたのかな、カナ?」
「ウソをつくタイプじゃないと思ったけど……何かないか探してみようか」
二手に分かれて色々探していると、シアンが何かを見つけた様だ。
「ブルース、この箱だけ少し違うんだな、ダナ」
ブルースも覗き込むように見てみると、そこにはコンテナに混ざって宝箱のような物が転がっていた。
木製ではあるが金属で
ブルースがコンデナをどかして宝箱に手を伸ばすが、思ったよりも大きい様で両手で抱えるように持ち上げた。
音をたてて床に降ろすと南京錠を指で破壊してフタを開ける。
「……何コレ?」
「何なんだな、ダナ?」
宝箱の中にはピンポン玉サイズの赤いガラス玉とメモ紙が入っていた。
ブルースが玉を持ち上げメモを広げると、中には一言だけ『壁に投げつけろ』と書かれている」
「壁に投げろ? ガラス玉を割れって事かな」
「割る事で何かがあるのかな、カナ?」
「とりあえず警戒は怠らずに、離れたところに投げよう」
ブルースは十メートル以上離れた木の壁へガラス玉を投げると、割れたガラス玉から赤い煙が吹き出し始める。
シアンのメカローブのフードが顔を覆い、ガス対策を施す。
だがガスは毒という訳ではなく、どうやら魔法的な物質のようで男性の声が流れ始める。
『この場にたどり着いた事を評価しよう。だが目先の事に囚われているようではまだまだだ。もう時間切れだ、さようなら』
声が終わると吹き出していた煙も止まる。
だが次の瞬間にはガラス玉が爆発し、辺り一面に紫の煙が充満するとブラウンから通信が入る。
『警告! 警告! 腐敗ガスです! 至急離れてください!!』
ブルースはシアンを抱えて壁を体当たりで破壊し、一気に船外へと飛び出していくと地面を転がって着地し船を確認する。
船の後方の木が一気に腐り、船が後ろに少しかたむいている。
「あわわわ、危なかったんだよ、ダヨ」
「時間切れ……? 来るのが遅かったって事かな」
「その通りだ」
突然ごもった男性の声がして振り向くと、そこには漆黒の鎧を纏った巨漢がいた。
全身が黒い鎧で覆われており、ヘルメットの横ラインから赤い目が見える。
「あなたは……クロスボーダー教の」
「うむ、
背中にかついだ巨大なハンマーを右手で取り出し、左手で「かかってこい」と言わんばかりに手招きする。
「安心するがよい、我らの理想の世界の為にボーダーレスは一人でも多く必要なのだ。力を示せば末席には加えてやろう」
「戦う意味がわかりません。今ここで戦う理由は何ですか?」
「お前達を生かすためだ。力のないボーダーレスはノーマルと同じなのだからな!」
問答無用で巨大なハンマーを振りかぶり、力の限りブルースの頭をめがけて振り下ろす。
ブルースはバックステップでかわすと地面はハンマーにより大きくへこむ。
一旦距離を置こうと離れるが、ワードナは地面に刺さったハンマーを軸にしてジャンプし弧を描いて着地、同時にハンマーを引き抜いてさらに力尽くでブルースに向けて振り下ろした。
これは逃げても同じだと判断したのか、ブルースはハンマーを左手で受け止めると、空いた右手でワードナの胸を力いっぱい殴りつけた。
地面を何度も転がって壁に激突し、壁が少し崩れてワードナに降りかかる。
「し、死んじゃったの? ノ?」
「死んではいないと思う。でもしばらくは動けないと思うよ」
「そうなんだ。怪我なら治せばいいんだよ、ダ……ダヨ⁉」
シアンがブルースの足にしがみ付いて隠れる。
目線を追うとワードナが立ち上がっていた。
「やるではないか。だがオリハルコンの鎧を纏った我を倒す事は出来ぬ」
ワードナは鎧のホコリをはらい、ハンマーを肩にかついでゆっくりと歩いて来る。
ブルースが殴ったはずの胸には傷一つ付いていない。
「オリハルコンだって!? そ、そんな、今の攻撃は人型機動兵器の外装ですら破壊できるのに!」
自分の拳を見てワードナを見る。
目の前の相手は人型機動兵器よりも手ごわい相手という事だろう。
だがそんな時にブラウンから通信が入る。
『艦長、実弾のガトリングガンを撃ってください、少し興味があります』
「え? そんなの効かないと思うよ?」
『ちょっとした興味です』
「う、うん? わかった」
珍しいブラウンからのお願いに、ブルースはとりあえず実弾のガトリングガンを右肩に装備し、ワードナ目がけて数秒間発射する。
しかし予想通り全く通用せずに弾き返されている。
「ぶ、ブラウン?」
『解析完了しました。原子配列及び固有振動数が判明しました。これにより金属名オリハルコンの破壊が可能です』
「……え? げん……なに?」
『拳による攻撃でオリハルコンの破壊が可能です』
「ブルース、取りあえずやってみるんだよ、ダヨ?」
シアンとブラウンに言われ、半信半疑に拳を構えるブルース。
ワードナは全くの無防備で歩いている。
「うむ、諦めない心は大切だ。だが相手を選ぶことだな」
ハンマーを地面に引きずっていたが、グッと力を入れて握ると大きく振りかぶり、ブルースの頭へ向けて振り下ろす。
今度は手で受け止めず一瞬で懐に入り込み、右拳を再びワードナの胸目がけて突き出す。
一瞬動きが止まり、やはり破壊できないのか? と思った瞬間ヒビが入った。
ヒビは胸から全身に広がり、もう一度拳に力を入れると一気に鎧が崩壊を始めた。
「ば、バカな! オリハルコンの鎧を打ち砕いただと!!」
さらに力を入れると拳は胸に食い込み、ワードナは口から血を吐くと同時に兜も砕け散る。
砕けた兜の下からは……黒い長髪の女性の顔が現れた。
「お、女の人なんだな、ダナ⁉」
全身の鎧が砕け散り、ワードナ、スレンダーな女性は肌着姿で地面に倒れ込む。
ブルースの拳がめり込んだ左胸は窪んでいるが、右胸はとても豊かだ。
「ま、まさかオリハルコンの鎧を破壊するとはな……リック博士のいう『ボーダーレスを超えたボーダーレス』というのは本当だったのだな」
鎧が無い状態では、普通の女性の声だ。
しかもその顔はどちらかというとおっとりしており、鎧を着ていた状態からはとても想像が出来ない。
「な、なんで男のふりを……」
「なぜ、だと? 戦士に男も女もあるまい」
ワードナは咳き込むと大量の血を吐きだした。
肺が潰され、折れたろっ骨が突き刺さっているのだろう。
「お前達は……力はあっても浅慮がすぎる……この世界……は、一部の者だけ、が、得をする。その力を……なぜ公平な世界を……作ろうとしない」
「一部の人って、有利なスキルを持つ人の事?」
「違う……世界の、国の王族共、だ」
王族が得をする、そんな事は言われなくても誰もが知っている。
だがブルース達も知らない「得」があるのかもしれない。
どの国でも王侯貴族が得をするのはわかっていても、金銭や立場以外にも何かあるのだろうか。
「それに……お前達は……もう我らを追う事は出来ぬ」
「え? ここに来たら会えるんじゃなかったの?」
「本拠地の場所を示、した箱は……すでに腐敗して消え去った……ふっふっふ」
「箱って、ガラス玉が入っていた箱の事なのかな、カナ?」
ワードナはもう返事をしなかった。
目を開け、口元は笑ったまま息絶えて居たのだ。
「箱……か」
「本拠地ってクロスボーダー教の本拠地の事なんだな、ダナ!」
「腐敗ガスで崩れちゃったね」
「残念なんだよ、ダヨ……」
「ん~、大丈夫じゃないかな」
「へ?」
ブルースは船の腐った部分を見ると、新しく手にした武器を召喚した。
一メートル程のごついアサルトライフルに見えるが、銃身には穴が開いていなかった。
「それでどうするんだな、ダナ?」
「見てて」
船を目がけてトリガーを引くと、小さな渦巻のような弾が発射され、船の真ん中あたりに命中すると腐ったはずの部分が巻き戻るように再生を始めた。
「あわわわ!? な、何が起きてるんだな、ダナ!?!?」
「タイムパラドックスガン。対象の過去を改変して、現在に影響を与える効果を持つ銃だよ」
「過去を改変⁉ 一体どんな理論なんだな、ダナ⁉」
「僕にだってわからないよ」
肩をすくめながら船に近づくと、船底を破壊して宝箱があった部屋に入る。
最初に見つけた場所に宝箱を発見し、同じく南京錠を破壊して箱を開けた。
中には赤いガラス玉とメモ書き、そして……二重底になっていた下にもう一枚の紙が入っていた。
「ベラヤ=バイマーク連合議会? 北にある国に本拠地があるって事かな」
ベラヤ=バイマーク連合議会、大陸の北に位置する超大国の名前だ。
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