166.呪言士と発現者
『緊急転送完了。艦長ご無事ですか?』
ブラウンにより宇宙船に呼び戻されたブルースとシアン。
艦内の食堂に転送された二人は抱き合ったまま硬く目をつむっていたが、ブラウンの声が聞えたので静かに目を開けた。
「ブラウン? 緊急転送って何か危険な事があったの? あれ? 他の皆は?」
『艦長とシアンだけです。あの場にとどまっていた場合、危害は加えられないまでも、恐ろしい程の悪意にさらされる事が予想されました』
「え、ギーゼラ皇后の言う事を聞かなかったから?」
『そう解釈しました』
「で、でもでも、ローザもオレンジーナもエメラルダもシルバーもいたんだな、なのにそんなに危ない事なんてないんだよ、ダヨ」
『あの四人でも音声を完全に防ぐことは出来ません。それに艦長を守るためとはいえ、同じ意見を持つ他の貴族達に手を出す事は出来ないでしょう』
「そうそれだよ! どうしてみんなはあんな事になったの⁉ なんでみんなギーゼラ皇后の言う事を素直に聞いてるの⁉」
『理由は一つでしょう。ギーゼラのスキル『
ギーゼラ皇后のスキルだが、誰も聞いた事がないためどんな力があるのか分からない物だ。
しかし今回の騒動が
ブルースとシアンは食堂の席に座り、改めて情報を整理する。
「ギーゼラ皇后のスキルの影響だっていうのはわかったけど、途中で呪いでもかけてたの? それとも言葉自体に影響力があるタイプ? 確かに何か所かな聞え方がしたけど」
『変な聞え方をしていましたか?』
「してたんだよ。何回か頭に響くような声がしたんだな、ダナ」
『それはこちらでは検知できませんでした』
「え? 会話は全部聞いてたんだよね?」
『はい。確かに多少の周波数の変動はありましたが、個人の範囲を超える物ではありませんでした』
「じゃあ……僕達の気のせいって事?」
『しかしあの場にいた人間はギーゼラの言葉に影響を受けたのは事実です。少々お待ちください……シアン、この植木に「大きくなれ」と
テーブルの真ん中から、小さな木が植えられた植木鉢がせり上がって来た。
それをシアンが手に持つと、「大きくなるんだよ、ダヨ」とスキルを使って言葉をかけた。
するとどうだろう、小さな木は見る見る成長し、植木鉢を破壊して天井まで届きそうな大きさにまで急成長した。
『ありがとうございます。次はこちらに「眠れ」と』
壊れた植木鉢と木はテーブルの中に収納され、次はケージに入った小さなネズミがテーブルの真ん中から現れる。
シアンが手をかざして「眠るんだよ、ダヨ」と言うと、コロリと横になって眠る。
『ありがとうございます。少しですが理解出来ました。やはりギーゼラの言葉に影響力があると思われます』
ブラウンの話によると、能力的にはシアンの
なのでローザやオレンジーナ達は潜在的に不安に思っている事を突かれる事で、ギーゼラ皇后の口車に乗ってしまったのだ。
ブルースとシアンにも通用するワードを発していたが、ブルースは単純に個としての能力差が大きすぎ、シアンは近いスキルを持っているので抵抗力があったのだ。
声を聞いていたブラウンに効果が無かったのは、何一つ不安な事を言われなかったからだとか。
なので対象は人間だけでなく、言葉を理解できるものすべてとなる。
「じゃあ洗脳とは違うの?」
『洗脳は相手の意思を無理やり抑え込み、都合のいい内容を刷り込みます。今回は納得したうえでの行動なので、洗脳よりも厄介です』
つまり洗脳を解くのとは違い、説得しなくてはいけない。
シアンの
何にせよ、ローザ達を説得するためにはアルマルカ帝国に戻らなくてはならず、場合によってはローザ達だけだはなく他の貴族達や、ギーゼラ皇后も相手にしなくてはいけない。
ローザ達だけなら相手の事を知っているから何とかなる。
しかし全員を説得し、ギーゼラ皇后を止めなければ国全体が敵に回ってしまうため、失敗したらアルマルカ帝国とゴールドバーグ王国は戦争に突入する事になる。
「身内は何とかなっても、知らない貴族や皇帝まで説得するなんて無理だよ……」
「わ、私も頑張るから、ブルースも一緒に頑張るんだよ、ダヨ!」
『いえ、実際に全員の説得は不可能です』
何とか励ますシアンだが、ブラウンから不可能宣言が出てしまった。
ブルースは余計に落ち込み、シアンは慌てふためく。
「じゃあローザ達だけを説得して逃げる?」
『それですと艦長がオレンジーナを誘拐した事になってしまいます』
「あ、そっか、ギーゼラ皇后の妹になって国の為にって宣言しちゃったもんね」
「じゃあじゃあ、ギーゼラ皇后を説得して、全員を普通に戻してもらうのはどうかな、カナ?」
『あれだけ風呂敷を広げたのですから、簡単には応じないでしょう』
「どうしようもないじゃないか……はぁ、時間が戻ればいいのに」
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