75.実験体

「なに? アボット侯爵達がよからぬことを考えている?」


「は。なにやら怪しげな連中と密会しているようです」


 伯爵が自室でワインを飲みながら書類整理をしていると、窓の隙間から声だけが聞えて来る。

 すでに夜も遅いので、屋敷内はとても静かだ。


「あの三人か……私の知らない所で一体何をしているのやら」


「引き続き情報を集めますので、新しいことが分かればまた」


「わかった」


 窓の隙間が閉じ、声はしなくなった。

 伯爵はワインを机に置き、目頭を押さえて背もたれに体重をかけると天井を見上げる。

 

「古い貴族の地位を固めたいだけかと思ったが、それだけではないのか……?」


 その頃三人の貴族たちは、それぞれの屋敷で酔いつぶれていた。

 それを伯爵の手の者が監視しているのだが、さらにそれを見ている目がある事に、本人たちは気付いていなかった。


 一方王都では、バンデージマンの捜査が全く進まなかった。

 ブルースから姿を見失った民家を教えられたのだが、中には何もなかったようだ。

 隠し扉や地下室も無く、あらゆる場所を探したが手掛かりは見つからない。

 

「総隊長、これ以上は何も見つかりません。あの少年に頼んだ方が良いのでは?」


「何でもいいから探すのだ。これ以上彼の手を借りる訳にはいかないのは、わかっているだろう」


 関係者とはいえ、結局はブルース達が持っている情報しか手掛かりがない。

 かといって一介の市民に、ずっと一緒に捜査協力させるわけにもいかず、完全に手が尽きてしまったのだ。


「せめてあのの調査が進めばいいんだが……」


 バンデージマンが残した手掛かりの一つが、落としていった左腕だ。

 これもブルースの成果なのだが、そちらの調べもあまり進んでいないようだ。

 王宮の学者たちが様々な調査をしているのだが、唯一分かった事は『人間に近い生き物』という事だけだ。


 そしてその腕の持ち主は……

 地下施設の簡易ベッドで横になっているが、切られた右足は元通りにくっつき、無くなった左腕は数倍もある巨大なモノに変えられていた。


「何やら上が騒がしいな。無能共が何をやろうと無駄だがね」

 

 右目を閉じた長い白髪を両分けにしている老人がバンデージマンを見ている。

 大きな腕を撫でるように触り、満足げに口の両端を吊り上げる。


「博士、新しい実験体が来ました」


「うむ。ではそちらを触るとしよう」


 老人は別のベッドに乗せられた少年を見る。

 そうまだ子供だ。

 子供は寝ているのか全く反応がない。


「子供か。スキル判定で捨てられた子か?」


「その様です。なんでも商人の家なのに木こりだったとか」


「ほう木こり。木こりをボーダーレス化させたら、どんなスキルが出て来るのか楽しみだ!」


 手回しドリルを手に持ち、少年の額に先端を当てると回し始めた。


 ブルース達はレーザー兵器搭載航空機型ドローンファランクスの実験に余念がないようだ。

 数日かけて終わらせるはずのフライフィッシュ討伐を当日に終わらせ、デモンスレイヤー本部で新しい依頼を受けてきたのだ。


「速いね~」


「速いね」


「速いんだな、ダナ」


 次の獲物はライジングイーグル。

 稲妻の様な速さで移動するためそう呼ばれている。

 そのライジングイーグルの後を苦も無くレーザー兵器搭載航空機型ドローンファランクスは追いかけ回し、時々前に回って遊んでいる。


 ライジングイーグルはレーザー兵器搭載航空機型ドローンファランクスを追い払おうと鋭い足で攻撃するが、ヒラリとかわされピタリと横に並んで飛ばれる。


「ライジングイーグルは魔法を使わないと捕らえられないのに、あの子だったら簡単に捕まえちゃいそうだね!」


「最高速度はマッハ一で、ホバリング可能で、急旋回どころかその場での回転が可能なんだってさ」


「ブルースは時々分からない言葉をつかうね、ネ!」


 ブルース自身も急に情報が頭に入ってきたので、その知識に驚いている。

 ライジングイーグルを追いかけ回し、遂には疲れて木にとまった所をローザがジャンプして捕獲した。


「うん、今回も私、なんにもしてないね!」


「それを言ったら私だってそうなんだな、ダナ」


「え? 僕じゃ木の上には手が出せないし、そもそもシアンの匂い薬が無いとライジングイーグルを見つけられなかったけど」


 思ったよりも仕事をしていたようだ。

 そんな少しのんきな会話をする中、どこかの地下ではトラブルが発生していた。


「博士、実験体四十三号が逃亡しました」

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