72.兄弟は喧嘩をするもの?

「どうした、早くこっちへ来い」


 ソレは片足で跳ねながら近づくと、とても簡素な木製のベッドに横になる。

 咥えていた足を渡そうと右手で持つと、その男は足を受け取り傷口を見て驚く。


「どうやったらこんなキレイな切り口になるんだ? 剣で斬られたのか?」


 ソレは首を横に振る。

 言葉を喋れないようでこれ以上の話は出来そうにない。


「まあいい、付くのなら付いた方がいいだろう」


 男は真ん中から分けた長い白髪、顔はしわだらけで口のまわりとアゴにも白いひげを生やしている。

 右目は閉じており、右目の上から頭頂部にかけて縫った後がある。


 少しゆったりとしたローブを羽織っているが、白かったはずのローブは様々な汚れで茶色くなっていた。


「それで、お前は怖くなって逃げて来たのか?」


 ソレはビクリと体を強張こわばらせ、男から顔を逸らす。

 

「なに気にするな、お前が負けたところで研究に支障はない。ただ……」


 男がソレに触れると電気が流れ、ソレは悲鳴にならない悲鳴を上げてベッドの上で小刻みに震えて硬直する。


「ただ、ワシの成果が負けたとあっては平常心を保っていられないな」


 手を離すとソレからは煙が上がるが、まだ辛うじて生きているようだ。


「おい、適当に直しておけ」


 奥にいた別の男たちがゾロゾロ現れると、少なくとも怪我人に対する態度ではなく、壊れたおもちゃを修理するような態度で直し始めた。


「さて次、お前はどうかな、新入りよ。ワシを満足させてくれるのか?」


 同じく簡易ベッドに寝ている包帯まみれの何かは、まだ新しい包帯から血がにじみ出していた。

 頭や顔にも包帯が巻かれているが、目も口も見えない。


 しかし包帯の隙間から、緑色の髪が見えていた。





「あの、お茶会は終わったんですよね?」


「ああ終わっている」


「じゃあどうして僕たちは、また王宮にいるんですか?」


「それはな、私が帰したくないからだ」


 戦いが終わり、報告をして帰ろうとした所、アンソニー王子に呼ばれてしまった。

 王宮の五階にある広いバルコニーでローザ、シアンと共にお茶をしていた。


「あ、王子様? 一応聞いておきますけど、さっきのお茶会みたいに喧嘩をしたり模擬戦したりは無いんですよね?」


「安心してくれローザ。あの・・お茶会は終わっている」


 いいかたに多少の違和感はあるが、どうやら単純にお茶を楽しめばいいようだ。

 まぁすでにシアンはお菓子をほお張っているのだが。


「美味しいかい? シアン」


「うん! この丸いオカシが好きなんだな、ダナ!」


「じゃあ好きなだけお食べ」


「王子様、いい人なんだな、ダナ!」


 美味しそうにクッキーを食べるシアンを見て、王子ばかりかメイド達も癒されていた。

 そしてシアンの紅茶を我先にとそそぎにかかるメイド達。


「ふふふ。さてブルース、三人のリーダーは君かい?」


「リーダーですか? いえ違います」


「ではローザが?」


「私じゃないですよ」


「……シアンが?」


 三人でシアンを見るが、お菓子を食べるのに一生懸命で聞いていない。

 しかしその姿を見てリーダーではない事を確信する王子。


「では四人目がいるのか?」


「時々姉さ……姉や妹が入りますが、それくらいです」


「リーダーを決めていないのか?」


 コクリと頷く二人。

 言われてみれば特にリーダーというモノは決めていない。

 何かやりたい事があれば、各々おのおのが言い出してみんなで決めていた。


「それでは相談して欲しいのだが、私の部下にならないか?」


 思わず目を見開いた二人。

 依頼があるから受けろと言われると思っていたようだが、まさか部下になれと言われるとは考えていなかったのだ。


「今ゴールドバーク王国は安定しているように見えるが、なにぶん外敵だらけなのは知っていると思う。私みずから戦場に立つこともあり、そのために他から戦力を引っ張ってくるのも大変でね。自分の戦力を拡充かくじゅうさせたいんだ」


 それは十分理解しているが、ブルースは家を、貴族を追放された身であり、ローザは平民、シアンは他種族だ。

 この国にはあまり人間以外はおらず、知られている獣人は騎士団にいる虎人ティグレだろう。


 その虎人ティグレにしても、とびぬけた身体能力があるが故だ。


「どうだろう、待遇はかなり良いぞ?」


 ブルースとローザは顔を見合わせるが、どうやら考えている事は同じようだ。


「アンソニー王子、そのお誘い――」


「兄上、ここにいらしたか」


 ブルースの言葉を遮ってバルコニーに入ってきたのは、第二王子のレジナルドだ。

 どうやらブルース達がいると聞き、駆け足でここまで来たようだ。


「なんだレジナルド。いま来客中だ」


「私もその来客に用があるのですよ」


「なに?」


「ブルース、ローザ、お前達は俺の部下になれ。お前達を戦場で最もうまく使えるのは俺だけだ」


「いえいえ兄上、ブルース達が最も活躍するのは平和活動ですよ」


 さらに現れたのは第三王子のジャレイだ。

 王子三人が一堂に会し、ブルース達の取り合いを始めた。


「おいお前達、最初に勧誘したのは俺だぞ」


「私が誘おうとしていたのですよ」


「最初に目を付けたのは私ですよ?」


 互いに引かず三人兄弟がにらみ合い、遂には拳を握りしめて高く突き上げた。


「「「ジャーンケーンポン!」」」


 アンソニーはパー、レジナルドはグー、ジャレイはチョキ。

 

「「「あーいこーでしょ!」」」


 その後六回ほどあいこをして、アンソニーがチョキで勝った。


「やった! これでブルース達は私の物だ!」


 チョキを高く掲げて喜ぶ第一王子。

 王族もジャンケンをするとは驚きだ。

 レジナルドとジャレイは手のひらを見て震えている。


「さあ君達! 今から登録にいこう!」


「あの、盛り上がっている所すみませんが、僕達は部下になるつもりはありません」


 ブルースの言葉に、王子らしからぬ情けない表情をする。

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