43.独り歩きしたウワサ

「ワイズマン家で、聖女セイントオレンジーナとシャルトルゼが仲たがいをしている様だぞ」


 そんな話をしているのはアボット侯爵だ。

 自身の屋敷にある応接室で、同じ貴族たちとワイングラスを片手に語り合っている。

 六十を過ぎているが女好きが収まらず、愛人の数は百人を超えているという傑物だ。


「ほほぅ? あの坊主、姉への思いが強すぎて憎しみに変わったか?」


「しかしあの家は、出来損ないのお陰で安定していたはずでは?」


「出来損ないは家を追放されたし、しかも勇者を倒した一人というではないか。遂にあの家にも焼きが回ったようだ」


 いずれも公爵・侯爵であり、低くても伯爵だ。

 この四人は古くからの貴族であり、自分達こそが国を支える本当の貴族だと思っている。

 なので成り上がり者のワイズマン子爵家を煙たく思っているのだ。


聖女セイント陛下へいかにも信頼が厚く、戦においても欠かせない存在だ。しかしシャルトルゼはどうだ、代わりなどいくらでもいる」


 アボット侯爵はグラスを回すと一口含み、ゆっくりと飲み込む。

 そしてグラスをテーブルに置くと、ソファーに座り直す。


「であれば聖女セイントを煽り、シャルトルゼを失墜させますか?」


「いやいや、戦闘能力だけは一人前だ。直ぐに部隊長に登ってしまう」


「取り返しのつかない失態を晒せばいいのだがな」


 しばらく考え込み、会話がなくなる。


「出来損ない……そうです、出来損ないと勝負をさせてはどうですか? 確か重装歩兵ファランクスなので、魔法使いウィザードが負けるはずがありません」


「ん? だから魔法使いウィザードが勝ってどうする。失墜させるんだぞ?」


「勝たせれば良いのです。それがシャルトルゼの、ワイズマン家の没落へと繋がるでしょう」




「ふぅ。前準備はこの位でいいわよね。ウワサ話の好きな御婦人方から、あちこちへ広がるでしょうし」


 オレンジーナとエメラルダは、シャルトルゼの悪行を吹聴ふいちょうしまくった。

 これでブルースがシャルトルゼに何かをしても、元々はシャルトルゼが悪いという形が整う。

 一応はブルースが自分で動くというので、これ以上は何もしないつもりのようだ。


「お姉様、本当に私達は手出しをしないんですの?」


「ブルーが自分でやるというんだもの、私達は見守ってあげましょう」


「そうですわね……でもお兄様はお優しいので、間違いなく効果はありませんわね」


「その時には私達が動けばいいわ。あの子がやる事を邪魔してはいけないもの」


 神殿の部屋でオレンジーナとエメラルダがくつろいでいる。

 聖女セイントなので所属自体は神殿になり、かなり大きな一室を与えられているのだ。


「それにしてもシャル兄さんが動かないのが気になりますわ」


「そうね、でもあの子の事だから、ブルーの事なんて気にも留めていないのかもしれないわ」


 だが実際にはウワサが独り歩きしていたのだ。

 そのウワサを聞いたのは数日後の事だった。


「ジーナ姉さん、姉さんはやっぱりブルースをうとましく思っていたんですね!」


 王宮の通路で偶然にもオレンジーナとシャルトルゼが会い、活き活きとした表情でオレンジーナの両手をとる。

 なんの事か分からないオレンジーナが問いただすと、なぜかオレンジーナがブルースとシャルトルゼの決闘を願っているという。


「い、一体何の事? 決闘? なぜ決闘をするの?」


「姉さんがあちこちで話をしたのですよね? ブルースの相手をするのは大変だと。弟だからと甘やかさなくとも良いのに」


 自分が流したウワサとは似ても似つかないどころか、自分がブルースを疎ましく思っているなどと言われ、オレンジーナはウワサの出所を聞いた。


「アボット侯爵とその夫人、他の御婦人方も言っておりましたが。それと私とブルースのどちらが勝つかで大きな賭けになっていると」


「え? 賭けなんてしなくても結果は見えているのに?」


「不思議ですよね。私が勝つに決まっているのに、何故か半々に分かれているのだとか」


 オレンジーナが思う結果はブルースの勝利であり、シャルトルゼの思う結果は自分の勝利だ。

 もちろん近接防衛火器システムファランクス使なので、それを知らない貴族たちはシャルトルゼの勝利を疑わないはずだ。


 いくら勇者を倒し、紅綬褒章こうじゅほうしょうを受けたといっても、メンバーの一人という扱いのため、真の実力を知る者は皆無といっていい。

 なのに票がわかれることにオレンジーナは違和感を感じた。


「いつもの貴族のたわむれでしょうね。一方的になるとつまらないし、貧乏貴族は少額でも万が一にも勝てば儲かりますから」


 確かに貴族は遊びに飢えており、思いもよらない結果が出ると喜ぶ。

 だからといって勝負にならない勝負を始めるだろうか。


「ああ、私の方はいつでも構いません。ブルースに会ったら伝えてください、好きな日時を指定しろと。私はそれまでに式の準備をしておきますから」


「式? 何の式?」


「もちろん私とジーナ姉さんの結婚式ですよ」

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