19.スキル:勇者

 ブルース達の前に千五百もの兵士が現れた。

 しかしその鎧は味方の物ではない。


「あ、あの胸にある船の紋章はトランポールですわ!」


「え? トランポール軍? コッチの軍と戦ってるんじゃなかったの?」


 ゴールドバーグ王国の兵士二千名と戦っているはずのトランポール軍。

 相手の数が全く減っているように見えないので、戦闘を回避してここに来たのだろうか。


「騎士隊長を倒したのはお前達か? それならば私が相手をしよう」


 鎧らしい鎧を纏っておらず、地面に付きそうなほど大きなマントをひるがえすと、青年は腰から剣を抜いた。

 黒い髪を軽く横に長し、鋭い目つきでエメラルダとローザを睨みつける。


 ★☆天界☆★


「あわわわわ、来ちゃった!? 来ちゃったよ!! あなたが変なフラグ立てるからよ!」


「それは私の責任ではないと思うけどな?」


 天界で女神と男神が戦いを見ていたが、女神は随分と取り乱している。

 どうやら勇者を倒せばランクが上がるという発言に怒り心頭のようだ。


「ブルースもここまでかも知れないね。あの勇者、あの年でこのレベルは凄いよ」


「ここまでって何よ! レベル? ブルースは99なんだからね! 勇者のレベル? ふん、えーっと、36? 大した事なくない?」


「この勇者の年齢は十九歳だからね、普通ならまだ一桁レベルのはずだよ」


「……? いや十八で一桁はないでしょ」


「勇者はほとんどの相手に優位だからね、経験値が常に半分以下になるんだ。スライムなんて一万匹倒してやっと一入るってレベルさ」


「んっと、それなのに他の人より少しレベルが低い程度っていうのはなんで?」


「人の十倍以上の訓練をしているからだね。ほら、ステータスを見てみて」


「え!? 何コレ高すぎない!?」


「レベルアップ以外でも訓練をしたらステータスは上がるからね、勇者はレベルアップ時のステータスボーナスも大きいけど、それ以上に訓練でステータスを上げているんだ。この勇者、本当に強いよ」


「この攻撃力、ブルースの重装歩兵ファランクスの防御力より高いじゃない!!」


 女神の悲鳴に近い叫びが天界に木霊する。

 そんな神々の事など知るはずもなく、地上では戦いが繰り広げられていた。


 ☆★地上☆★


「ほうほう、天馬騎士ペガサスナイトというのは予想以上に早いな、私も急がないと置いて行かれそうだ」


「こんのぉ! どうしてこの速度に付いて来れるんですの!?」


 エメラルダがペガサスを駆り縦横無尽に勇者の周りを駆け巡る。

 のだが、それに勇者は付いて行く。

 左右のフェイントはおろか、空を飛べば魔法で空を飛び、ペガサスとエメラルダで分かれて攻撃したら分身体を造り対応して来る。


 ローザは必死に戦いに付いて行くが、残念ながら勇者に軽くあしらわれている。

 こうなるとブルースの魔動力機関装甲輸送車ファランクスの動きが要になるが、そのブルースは動けないでいた。


「ブルース様お逃げください。あなたの役目はジャレイ殿下でんかをお守りする事、ここであの男と戦う事ではありません」


「そうだブルース! あれはトランポールの勇者だ! まともに戦って勝てる相手ではないぞ!」


 メイドとジャレイが車内で必死にブルースを説得している。

 しかしブルースは逃げないのではない、逃げられないのだ。


「ダメ……なんです。あの人、戦いながらずっとこっちを見てるんです。逃げたら二人を倒して僕たちを追いかけてくるでしょう」


「この馬車の速さなら大丈夫だろう!?」


「ペガサスの方が速度は出ます。なのにあの人は、ペガサスを相手に余裕を見せています。追いつかれます」


「ば、バカな……ペガサスよりも速いだと……勇者とはそこまで恐ろしいのか」


 勇者の存在は知っていたが、その詳しい能力までは知らなかったようだ。

 それもそのはず、勇者とは戦場において戦況を一人でひっくり返す事が可能なのだ。

 その能力は極秘中の極秘となる。


 なので所属する部隊の数は最小限であり、戦場に出れば相手を殲滅させる。

 つまりさっきまで居たゴールドバーグ王国の二千の兵士はすでに……


「み、味方は……二千の精鋭たちは何をしているんだ!」


「もう……倒されてしまったと思います」


 ジャレイとメイドは絶望していた。

 この戦場はメインとなる戦場のおまけであり、最悪相手を足止めするだけで良かった。

 そして負ける事は無く、メインの戦場が終われば共に撤退する予定だった。


「どうして……じゃあどうしろっていうんだ!」


「戦うしか……ありません」


「相手は勇者だぞ!」


殿下でんか、逃げて背後から殺されるのと、勇敢に戦って死ぬのと、どっちがお好みですか?」


「……どっちも嫌だ! 助かる方法はないのか!?」


「相手が勇者である以上、助かる方法は1つです」


「それは!?」


「倒す事です」


 どうやらジャレイも観念した様で、ブルースの言う事を聞く事にした様だ。

 そしてブルースはマイクを手にした。


『一旦手を止めて欲しい。こちらは逃げも隠れもしない事を約束する』


 外部スピーカーの音声に、エメラルダとローザだけでなく、勇者も耳を傾ける。

 勇者は余裕があるからだが、エメラルダとローザは良い休憩になった。


「逃げも隠れもしないというが、私から逃げられるつもりでいたのか?」


『逃げられないのは知っている。だから交渉をしたい』


「ハハッ! 弱い相手と交渉をすると思っているのか?」


『そちらにとってもいい話だと思う。ここにいらっしゃるジャレイ殿下でんかだが、馬車から降ろす、もちろん約束通り逃げない。だから戦いが終わるまではジャレイ殿下でんかに手を出さないで欲しいんだ』


「ほぅ、戦いが終わったらどうするんだ?」


『捕虜にでもなんにでもするといい。死んでいるよりも、生きている方が利用価値が高いだろ?』


 勇者は少し考え、魔動力機関装甲輸送車ファランクスを見て返事をする。


「いいだろう、しかし兵士二名を側に置く。心配するな、戦いが終わるまで何もしない」


『ありがとう。では戦いが終わったら、僕たちは殿下でんかと共に後退する。君たちも勇者の亡骸なきがらを持って帰るといい』


 一瞬の間をおいて、敵兵たちが大声で笑いだす。

 勇者も声を殺して笑っているが、こらえきれなくなり大声で笑う。


「いいだろう! そういう心意気でないと戦っても面白くないからな!」

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