64話

 周りの人間が何かを得ていく。責任だったり家族だったり、中には歌手や俳優になったなんてのも少なからずいた。交友などなかったにしろそういう話は自然と届けられるもので、名前だけ知る者の身辺が耳に入る度に許せない気持ちが湧いていった。




 どうして俺ではないのだろう。奴らよりも俺の方が賢く魅力的なはずなのに何故俺は何も得られない。成し遂げられない。あぁ、チャンスが巡れば、運命が向こうの方からやってきたらきっとそれを掴み、誰もが羨む成功者になっていたというのに! 奴らは皆実力以外の部分で持て囃されている! 運とか縁とかそういった非合法な手段で成り上がっているに違いない! なんという破廉恥か! だが俺は違う! 俺だけは胸を張って言える! 無頼で孤独で、無法とらない清廉潔白な存在であると! 俺は一人だけ摂理を守って生きているのだと! 一切の後ろめたさの対局に位置しているのだと! そうだ! この世に俺程素晴らしい人類はいない! にも関わらずどうして! どうして……




 世に対する理不尽を訴えていながらも勘づいていた。俺は別段賢くもなく愚鈍で、一つの魅力もない、退屈の極地にいるような人間であると。事実から目を背け騒ぎ立てても、否が応でも突きつけられる真理。何もなし得ず何者にもなれいという至って平凡で簡単な答えに、俺はようやく辿り着いたのだった。そこから先はずっと怒りがあった。才覚のない自分を呪い世を嘆いた。俺に訪れない幸福、愉悦、繁栄。他人に渡った成功、嬉々、隆盛。それらを前にすると日陰から日向を見るように眩む。俺は奴らのようになれない。俺は苦しみしかない。俺は誰よりも醜く、落ちぶれている。怒りが悲しみになっていく。どうしようもない。どうにもならない。俺はこれまで何をしていたのだ。他者を批判し、軽蔑し、侮辱し、自分自身は怠惰ばかりで、何もしなかった。何もしなかった!



 理想の絵図と比べ薄汚れた現状。どうしてあの時一所懸命に努力しなかったのか、死力を振り絞れなかったのか。後悔だけが胸を締めるも、結論はすぐに出る。俺だからだ。俺は俺だから何もなし得なかったのだ。なし得るための事をしなかったのだ。


 そう考えるようになった途端、見える世界が変わった。辺り一面、しんと鎮まり、氷のように冷たく、鉄のように硬くなっていて、同時に、肩の荷が降りた。

 そうだ。俺は俺だから駄目なのだ。これから何をやっても報われはしない。ならば、ならば……



 頭の中には一つの未来しかなかった。苦しみからの、世界からの、自分からの解放しか、考えられなくなっていた。

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