第169話 真実 ②


女学院で薬を広めているのは内部の人間であるという翔平からの報告を聞いて、雫石は納得した。


『やっぱり、あれは嘘だったのね』


女学院の生徒会メンバーと会話をしている時、直感で女学院側が嘘をついていると思った。

女の子というのは、なかなか本音を話さないものだ。

それも、淑女として教育されているお嬢様たちならなおさら。


『学院の内部となれば、やっぱり生徒から話を聞くのが一番ね』


しかしさっきから女学院の生徒に話を聞こうとしても、どうにも壁を感じる。

世間話でさえそれほど盛り上がらず、薬の話を聞ける雰囲気ではない。

知り合いでもいればよいのだが、雫石はあまり交友関係が広くない。


『どうしようかしら』


そう考えながら会場に目をやった時、見知った顔を見つけて雫石は自然と笑みを浮かべた。

人混みの中をすいすいと進むと、目的の人物に声をかける。


「こんばんは。少し、お話よろしいかしら?」


その人物は雫石を見ると、顔を青ざめさせた。




『翔平のとこは空振り。晴からはまだ連絡なし』


凪月は、少し離れたところからパーティー会場を観察する。

パーティーも中盤を過ぎたので、自由に行動している生徒は多い。

最初の頃に比べると、会場にいる生徒の数は減ったように思える。


「君、何してるの?」


凪月に声をかけてきたのは、女学院の生徒会メンバーである七緒凛だった。


「君こそ、何してるの?」

「見れば分かるじゃん。お菓子食べてる」


七緒凛は、お皿に乗せたスウィーツを頬張ってる。

しかし、凪月が聞きたかったのはそういうことではない。


「僕らが犯人捜しをしている間、ミシェーレ女学院の会計である君は何してるの?」


凪月が改めて尋ねると、七緒凛はケーキを頬張ると口の端でにっと笑う。

令嬢らしからぬ表情だが、不思議と嫌悪感はない。


「つぼみなんだから、聞かなくてもそのくらい分かるんじゃない?」


その声からは試しているような、少し馬鹿にしたような雰囲気を感じる。


『まぁ、確かに情報は入ってるけど』


女学院側の証言に嘘があったことは、翔平からの報告を聞いている。

皐月からも、新たに情報が入っている。


「生徒会の中では、綾小路さんが一番力を持ってるみたいだね」

「そりゃー、会長だもん」

「お父さんは航空会社の社長だしね」


凪月の言葉に、七緒凛はフォークを持つ手を一瞬止める。


「家柄だけなら九条さん、財力だけなら篠宮さんと七緒さんも負けてないのに、どうして綾小路さんが会長に選ばれたの?」


九条家は歴史の長い旧家であり、篠宮家と七緒家もそれぞれ大企業である。

それなのに、会長に選ばれたのは綾小路蝶子だった。


「家柄と財力以外に選ばれる理由があったからでしょ」

「例えば、女学院に対する影響力、発言力とか?」

「まぁ、そんなところ」

「それって、家の力で会長に選ばれたってことだよね。悔しくないの?」


七緒凛は、フォークで凪月を指さす。


「ミシェーレは、静華とは違うの。家と親の力が、あたしたちの力。あたしたちは、自分たちの実力でそこに立ってる君たちとは違うの」


女学院での立場も、発言力も、影響力も。

全ては家と親の力と比例する。


「家が強ければ、強い。親が偉ければ、偉い。あたしたちは、そんな存在。学院でどれだけ頑張ったって、あたしたち自身が認められることはない」


七緒凛は、不機嫌そうに頬を膨らませる。


「いつもはあたしたちのことを政略結婚の道具程度にしか見てないくせに、こういう時は『生徒会として仕事しろ』だもん。嫌になるよ」

「だから、つぼみに丸投げすることにしたの?」


凪月の少し低い声に、七緒凛は何でもないように頷く。


「いつまでも犯人が見つからないと、生徒の親がうるさいからね。つぼみならどうせ解決してくれるでしょ」

「それでいいの?」

「それが一番いいから」

「君は、それでいいの?」


凪月に見つめられ、七緒凛は丸い瞳で微笑む。


「あたしは、楽しければなんでもいいの。面倒事はお断り」


そう言って七緒凛は空いた皿を凪月に押し付けると、くるりと背中を向けて去っていった。

その後ろ姿が見えなくなると、凪月は無線に電源を入れる。


「女学院の生徒会が今になって動いたのは、生徒の親から圧力があったみたいだよ」

「了解」


皐月から短い返答がくる。

恐らく、皐月は今も会長と副会長相手に情報収集をしているのだろう。


『少し、女学院側の事情も見えてきたかな』


女学院の生徒会メンバーで一番力を持っているのは、会長の綾小路で間違いない。

今回のつぼみに頼むという判断も会長が決めたのだろう。

つぼみに問題解決を頼んでおきながら非協力的な態度をとっているのは、つぼみへの嫉妬が絡んだ女学院の生徒会としての複雑な心境のせいだろう。


『それにしても…』


凪月は、去り際に何故か押し付けられた皿を見る。


『女学院にも変な子っているんだなぁ』


令嬢らしくない自由な物言いに、人目を気にせずに甘いものを頬張っていた。


『楽しければなんでもいい』


凪月も、楽しいことは好きだ。

しかしあの子の言葉には、諦めがあった。


『あたしたちは、自分たちの実力でそこに立ってる君たちとは違うの』


凪月たちも、親や家の影響がゼロなわけではない。

しかし実力主義の静華学園では、家柄や財力より自分自身の能力を評価される。

初等部から静華学園にいる凪月にとっては、それが当たり前だった。

しかし人によっては、自分の能力を伸ばすことすら難しい環境にあるのだろう。


『だから、どうするって話でもないけど…』


何となくモヤモヤとした気持ちを抱えながら、凪月はホールの監視の役目に戻った。




純はパーティー会場から離れると、人気のない外廊下で足を止める。

庭園に人気はなく、ただ夜の闇がひっそりとたたずんでいる。


「何の用」


廊下の先に隠れている人物に声をかけると、廊下の影から大和が現れた。

紺色のスーツを着ている大和は、いつものような薄い笑みはない。

その余裕のない表情を見て、大和は自分の父親が誰か知ったのだと理解する。


「久遠のことで聞きたいことがある」


周りに人の気配がないことを確認し、純は続きを促す。


「俺があの男の子供だということを、あいつは知らないのか?」

「知ってるように見えるの」

「…見えないな」


思い返せば、純のついでに命を狙われた気がする。


「俺があの男の血を引いていると久遠に知られた場合、どうなる?」


久遠財閥には現在、後継者がいない。

長男の清仁は結婚しているが子供はおらず、次男の朔夜は独身である。

そこに大和の存在が明るみに出ればどうなるのか。


「何であんたの母親がずっと父親の存在を隠してきたと思ってるの」

「…俺のためだとでも?」


疑うような大和の目を、純はただ見つめ返す。


「あの女は、今まで何もしてこなかった」


大和の母親は、諏訪家での冷遇について自分の父親に抗議したことはない。

兄の家族に嫌がらせをされようが、使用人に見下されようが、何もしてこなかった。

大和が何を言っても、ただ悲しそうに首を横に振るだけだ。


「何もしないことが最善の策だったとは思わないの」


純の言葉に、大和は驚いたように少し目を見開く。


「久遠の血を引いていることがばれれば、利用価値があると見なされて狙われる」


久遠家というのは、闇が深い。

久遠財閥という大きな力を得るために、一族内での争いも激しい。

血縁でさえ、駒と見なすような一族だ。


『…確かに、久遠栄太朗の周りは不審死や行方不明が多い』


栄太朗の仕業だという噂もあるが、真偽は分からない。

それほど闇に包まれているのだ。

久遠一族の中には力を持った国会議員もおり、警察との癒着の歴史も長い。


「自分と母親が大切なら、父親のことは隠しておいた方がいい」


純は、話は終わったとばかりに大和に背を向ける。


「おい、まだ聞きたいことが…」


大和が純を引き留めようとした時、廊下に風が吹き抜ける。

秋の夜に吹いた風は思ったよりも強く、2人の間を駆け抜ける。


少し冷たい風がおさまると、何故か大和は少し驚いた顔をしていた。

大和の視線は、純の背中に向いている。

何故そんなに驚いているのか分からないが、風が吹いてコートの下のドレスが見えたのだろう。

背中がざっくりと開いたドレスは普段着ないので、コートを着ているとその存在を忘れる。


『その背中は、他の男に見せるなよ』


「………」


翔平の低い声を思い出し、何故か悪いことでもしてしまったような気分になる。

別に翔平の言うことを聞く理由はないのに、ばれたら怒られる気がする。


『…黙ってよう』


黙っていれば気付くことでもないだろう。

純はコートが翻らないように手で掴むと、さっさとその場をあとにした。




純がいなくなると、大和の意識はやっと現実に戻ってきた。


風でめくれたコートの下に白い肌が見えて、何故か思考が停止した。

背中の部分がざっくりと開いた赤いドレスから見えた白い肌は、言葉にならない衝撃があった。

異性の体に不慣れなわけでもないのに、頭の中からあの白い背中が離れない。


『…ガキか』


頭を軽く振って無理やり思考からあの光景を追い出すと、大和は冷静な思考回路を取り戻す。


『もう少し情報を集めたかったが…仕方ない』


今から追ったところで捕まる相手ではないので、今回は諦めるしかない。


『久遠のことについては、もっと知っていることがありそうだな』


久遠に狙われているからなのかは分からないが、大和よりは多くの情報を握っているだろう。


大和は誰もいなくなった静かな廊下で、1人思考に沈む。


『そもそも、何故あれほど久遠に執拗に狙われている?』


翠弥生と犬猿の仲だから。

純の才能を狙っているから。

それらの理由だけでは、ここまで固執するほどの理由には足りない。

久遠栄太朗は、純の身柄を欲しがっている。


『久遠の血を引いていることがばれれば、利用価値があると見なされて狙われる』


さっきの純の言葉が思い出される。


『まさか…』


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