第168話 真実 ①
『女学院に広まっている薬物の流出元を調べてほしい』
ハロウィンパーティーにやってきたミシェーレ女学院の生徒会のメンバーは、つぼみにそう告げた。
つぼみとしてそれを了承した翔平たちは、早速行動に移した。
パーティーが終わるまであと2時間。
それまでに、薬物を広めた人物を突き止めなければならない。
「普通に考えると、結構難しいよね」
「今このホールに何人いるのって話だよね」
晴の言葉に頷きながら、凪月は賑わいを見せるホールを遠くから眺める。
今日このホールには、静華学園の生徒とミシェーレ女学院の生徒合わせて800人ほどいる。
その中から2時間以内に犯人を見つけるというのは、たとえつぼみでも難しい。
「万全に準備しておいてよかったな」
右耳から直接聞こえてくる翔平の声に、皐月は頷く。
応接室に残った皐月は、パソコンの画面に映し出された画像を見る。
「生徒の位置は問題なく見えてるよ」
皐月が見ている画面には、パーティー会場周辺の地図を上から見た画像が映っている。
画面に映る一つ一つの印は、生徒が身に着けている花飾りから発せられている小さな信号である。
「理事長がただ女学院とハロウィンパーティーを開くだけってことはないもんね」
つぼみになって、半年が経った。
理事長の指令の目的が1つだけではないことは、晴たちもよく分かっている。
だから理事長から指令が来た後、晴たちはミシェーレ女学院について調査した。
ミシェーレ女学院は、静華学園と並ぶお金持ち学校である。
静華学園は徹底した実力主義だが、ミシェーレ女学院は家柄と財力を重視したお嬢様学校である。
礼儀作法や貞淑さを重んじ、完璧な淑女となることが求められる。
その校風もあってか、今回のような問題事には慣れていないようだった。
つぼみが事前に調査して分かったのは、ミシェーレ女学院は問題事を抱えているということ。
どうやらその問題事の解決に至っておらず、他者の力を借りたいと思っていることだった。
「おれたちはつぼみとして動くだけだね」
「えぇ。そうね」
今つぼみの6人は、それぞれ分かれて行動している。
会話は全て耳に付けた小型の無線機で話しているのだ。
「無線の調子はどう?」
「問題ないわ」
「範囲外に行くと電波が届かなくなるから気を付けてね」
「えぇ。分かったわ」
この小型の無線機は皐月と凪月が作ったもので、耳に付けていてもほとんど目立たない。
「これなら学園祭の時の連絡にも使えそうだな」
「今はまだ電波が届きづらい場所があるから、学園祭までに調整するよ」
今回は指示役である皐月は、メンバーの位置を地図で確認しながらパソコンを操作する。
「今のところ怪しい動きをしてるのは、東の林付近と南にある庭園の中かな」
パーティーの真っ最中だというのに、パーティーが行われているホールから離れていく印がある。
「東の林には俺が行く。南の庭園には晴が行ってくれ」
「分かった」
「優希と純は女学院の生徒から聞き込みを頼む」
「分かったわ」
「凪月は不測の事態に動けるようにホール付近で待機を頼む」
「おっけー」
「何かあれば皐月に連絡する」
「了解。みんな気を付けてね」
パーティー終了まで時間がないというのもあって、今日はそれぞれ1人で行動している。
無線で意思疎通はできるが、すぐに助けに行けないかもしれないのだ。
「あんまり時間もないので、もう少し詳しい話を聞いてもいいですか?」
皐月は、応接室に残っている会長の綾小路蝶子と副会長の篠宮忍に人懐っこい笑みを向ける。
「大体の話は、さっきお伝えした通りですわ」
冷たく突き放す綾小路会長に構わず、皐月は話を続ける。
「学院内で薬が流行り始めたのは、いつ頃ですか?」
「1か月ほど前です」
篠宮忍が答える。
「その間、怪しい人とかは見つからなかったんですか?」
「…私たちが無能であると仰りたいの?」
「ミシェーレ女学院の生徒会メンバーであれば、1か月もあれば犯人を探し出すのは可能でしょう?」
「買いかぶりすぎです。私たちはつぼみほどの権力も地位もありませんから」
篠宮忍の言葉に嘘はなさそうだが、本題からずらされてしまった。
『雫石の言った通りだなぁ』
目の前のお嬢様2人を前にして、皐月はため息を飲み込んだ。
皐月の役割は女学院側から情報を聞き出すことでもあるのだが、そう簡単にはいきそうにない。
『女の子は、本音を隠すのが上手なの』
応接室に1人で残る皐月に、雫石はそう言って小さく微笑んだ。
だから、情報収集も無理をしなくていいと。
『まぁ、でも自分の役割くらいはちゃんとできないとね』
これでも一応、情報通で通っているのだ。
人から情報を聞き出すのには慣れている。
皐月は再び人懐っこい笑みを浮かべて、女子2人と向き合った。
「東の林は問題なかった」
翔平はパーティー会場に戻りがてら、無線に連絡を入れる。
東の林に様子を見に行った翔平だったが、そこでは生徒同士がイチャイチャしているだけだった。
風紀が乱れるほどのものではなかったので、目を瞑ることにしてその場を離れた。
『他人のああいう場面を見ると、心が荒むな…』
こちらは綱渡り状態の片想いであるため、幸せそうにしているカップルを見ると恨みたくなる気持ちがわいてくる。
一度会場に戻ろうとすると、廊下の先に黒髪の女子が立っている。
さすがにさっき会ったばかりなので、顔と名前を忘れることはない。
翔平の元見合い相手であり、女学院の書記である九条手鞠だ。
「何かありましたか」
「いえ…」
手鞠は翔平を見ると、少し俯く。
「つぼみの皆さんには、ミシェーレ女学院の問題に巻き込んでしまって申し訳なく思っています」
「手を貸すと決めたのはつぼみなので、気にしないでください」
「………」
まだ何か言いたげな手鞠に、翔平はこの場を去ろうかどうしようか迷う。
手鞠は、会場の方に少し視線を向ける。
「お見合いの時にお会いした方は、つぼみの方だったのですね」
そういえばあの時、純は名乗っていなかった。
純は存在は有名だが表舞台に顔を出さないので、あの場に乱入してきたのがつぼみだとは思わなかったのだろう。
「見合いのことは、すみません」
「いいえ。お断りしたのは、こちらですから」
手鞠は翔平に視線を戻すと、少し悲しげに微笑む。
「私は今日、ミシェーレ女学院の書記としてこの場にいます。ですが今は少しだけ、ただの九条手鞠でいようと思います」
何の話をしているのか分からない翔平は、鉄仮面のまま困惑する。
しかし手鞠は少しすっきりしたような顔色をしている。
そして、翔平に頭を下げた。
「ミシェーレ女学院の生徒会は、つぼみに隠しごとをしています。申し訳ありません」
手鞠の口から告げられた事実に、翔平は少し驚く。
「隠しごととは?」
「薬を広めたのは、外部の人間ではありません。内部の人間です」
『やっぱりそうか…』
手鞠の告白に、翔平は納得する。
ミシェーレ女学院は、女学校ということもあって静華学園よりも閉鎖的な空間である。
そんな場所で外部の人間が薬を広めることは難しい。
広められたとしても、すぐにばれるだろう。
「何故、嘘を?」
「ミシェーレ女学院のプライド、でしょうか」
「プライド?」
「ミシェーレ女学院の生徒会と静華学園のつぼみは、生徒会という意味合いでは似たものですがその実情は全く違います。私たちにはつぼみほどの権力や影響力はなく、ただの生徒会なのです」
「それが、何か?」
いまいち話が分かっていない翔平に、手鞠は少し微笑む。
「私たちは、つぼみに嫉妬しているのです。同じ年齢で、同じような立場であるのに、天と地ほどにも違うのですから」
それほど、静華学園のつぼみが特殊であるとも言える。
大人とも同等に渡り合い、実力で他者を圧倒する。
礼儀と貞淑さを重んじるミシェーレ女学院では、そんなことは求められない。
よき娘、よき妻、よき母であることを求められる。
だからこそ、つぼみに嫉妬する。
つぼみの活躍を見聞きするたびに、自分たちとの差を感じる。
「ミシェーレ女学院がつぼみに対して嘘をついたのは、ミシェーレ女学院としてのプライドが許さなかったのでしょう」
どこか他人事のように話す手鞠は、さっき言った通り今は書記という立場を捨てているのだろう。
「全てを話せば、つぼみはすぐに解決してくれるでしょう。しかしそれでは、女学院の面子が保たないのです」
「だから、嘘をついたと」
手鞠は背筋を伸ばすと、もう一度翔平に頭を下げる。
「申し訳ありません。生徒会の一員として、謝罪を申し上げます」
「あなたの立場を考えれば、事実を言わない方がよかったのでは?」
「…そうですね」
会長や副会長にばれれば、厳しく問い詰められるだろう。
それでも、全てを隠していることは手鞠の良心が痛んだ。
『それに…』
手鞠は、目の前にいる翔平の姿を目に映す。
「あなたがいたから…言ってしまったのかもしれません」
「?」
手鞠の言葉の意味が分からない翔平は、心の中で首を傾げる。
鉄仮面のままの翔平に何を思ったのかは分からないが、手鞠は満足したようだった。
「それでは、失礼いたします」
手鞠は淑女らしく美しく微笑むと、軽く頭を下げる。
そしてその場を去った。
少し廊下を歩いてから、ゆっくりと後ろを振り向く。
そこに、すでに翔平の姿はない。
手鞠は、自嘲気味に笑みを落とす。
あの人の目に自分が映っていないことなど分かっているのに、かすかな希望を抱いてしまった。
静華学園に行けると分かった時、嬉しかった。
また会えると思ったから。
翔平に想い人がいると分かっていても、もしかしたらとは思わずにはいられなかった。
しかしそんな淡い想いも、先ほどのダンスを見て砕け散った。
とても愛おしそうに、楽しそうに、ただ1人の少女だけを見つめていた。
美しい赤いドレスを着た少女は、見合いに乱入してきたあの女の子だった。
手鞠が入る隙などどこにもないのだ。
それを、分からされた。
「…もう一度話せただけでも、良かった」
頬に流れる涙を拭うと、手鞠は翔平がいた場所に背を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます