第165話 ハロウィンパーティー ③


ハロウィンパーティー当日。

会場となったのは、静華学園の敷地内にある広いホールだった。

静華学園の高等部生と、ミシェーレ女学院の生徒が大勢集まっている。


ホールの中はカボチャやコウモリなどハロウィンらしく装飾され、一流の楽団が音楽を奏でる。

生徒たちは思い思いの衣装に身を包み、会場に用意された軽食を食べたり、生徒同士交流している。


今回はハロウィンパーティーということで、仮装もありである。

会場の近くの部屋にはハロウィン用の衣装をいくつか用意しており、希望する生徒はその衣装に着替えることもできる。

吸血鬼や魔女、お化けをモチーフにしたものなど、ドレスコードに外れない程度で仮装ができるようになっている。


もちろんそれらを作ったのは全て、VERTである。

VERTの社員は普段から本職には関係ない服を作っている人間も多いので、楽しかったらしい。

ちゃんとクオリティの高い衣装を出してくるところが、一流の人間たちである。



控え室に集まったつぼみは、それぞれの恰好を見て少し驚くこととなった。


「晴は、ヴァンパイアだね」

「そうみたい」


晴は黒いマントを羽織り、口にはご丁寧に牙を付けている。

晴の金髪によく似合っており、自分から血を差し出す女性の多そうなヴァンパイアが出来上がっている。

つぼみの衣装を用意したのもVERTの社員なので、好き勝手にしたらしい。


「皐月は、骸骨かな?」

「骨の模様があるから、多分そうだと思う」


皐月は黒いスーツにお洒落に骨の模様があり、少し不気味な雰囲気が出ている。

つぼみも忙しくて衣装合わせはできなかったので、当日まで何の衣装か分からなかったのだ。


「凪月は…海賊か?」


凪月は独特の帽子を被り、腰にナイフのようなものをさしている。


「海賊って、ハロウィンにいるのかな」

「怖ければなんでもいいんじゃないか?」


日本なので、何でもありなのだろう。


「翔平は、狼男だね」

「みたいだな」


ヴァンパイアよりは野性味のある服に、胸ポケットには赤い花をさしている。

尻尾までついており、本格的な仮装である。

正直尻尾まではいらないと思うのだが、衣装を作ってもらった身でそこまでは言えない。


「あとは、雫石と純だね」


女子の方が衣装が凝っているらしいので、時間がかかっているのだろう。



ガチャリと扉が開いて2人が入ってくると、男子4人は驚いた。

雫石は珍しく真っ黒のドレスに身を包み、裾の長いコートを引きずっている。

同じく真っ黒の三角帽子を被り、口紅だけ真っ赤な色が目を惹いた。


「魔女だね。可愛いよ、雫石」


すぐに平常心を取り戻して賛辞を言えるのが、晴である。


「…ありがとう」


雫石は少し恥ずかしいのか、俯いている。

雫石の後ろにいる純は、こちらも珍しく真っ赤な服を着ていた。

裾の長いドレスに、同じく赤色のフードを被っている。


「…赤ずきん?」

「………」


不貞腐れている様子を見るに、そうらしい。


「珍しいね、純がそういうドレスを着るの」


皐月が話しかけると、純は不機嫌そうに口をとがらせる。


「目立たない服にしてって言ったのに。横やりが入った」


純は職権を乱用して、VERTの社員に自分のドレスは目立たないものにしてくれと頼んでいた。

それなのに、こんなに目立つドレスが来たのだ。

純の頼みに横やりを入れられる人物など、1人しかいない。


「理事長か」


翔平が納得していると、純は不服そうに頷く。


「純も、すごく似合っているよ」

「普段のイメージなら、逆の印象だけど…」


そこまで言って、皐月は気付く。


『…翔平が狼男だからか』


だから、純が赤ずきんなのだ。

どうやら理事長は、外堀を埋めに来ているらしい。

つい凪月の頭を撫でてしまい、ぺしっとはじき返されてしまった。



「そろそろ行くか」


時計を確認し、翔平が声をかける。


「よーし、行こう~」

「皐月、カフスが落ちそうだよ」


皐月の衣装を直しながら、凪月が隣を歩く。

晴は自然に、雫石に手を差し出す。


「よかったら、会場まで」


断ろうとした雫石だったが、一歩足を進めてから困った。

裾が長すぎて、1人だと綺麗に歩けないのだ。

それを、にこにこと見ている晴に少しイラっとくる。


「お願いします」


ここまで来たら、悪あがきするのは恰好が悪い。

腹をくくった雫石の手を優しくとり、晴は微笑む。


目の前で本場のエスコートを目撃した翔平は、素直に感心していた。

紳士的というのは、ああいうのを言うのだろう。

ふと隣に目を向けると、裾が長くても1人で問題なく歩けそうな純がいる。

しかし、かなり不機嫌ではある。


「軽食スペースに、パンがたくさんあるぞ」


その言葉に、純は不機嫌を和らげる。

そんな姿に、笑みがこぼれてしまう。


「行くか」

「うん」


互いの手はとらず、2人は並んで会場に入った。




つぼみが壇上に現れると、黄色い悲鳴やらいろんな歓声が飛んだ。

外部の生徒も多いので、初めてつぼみを見た人も多いのだろう。

いつもより熱量の多い歓声が少し収まると、雫石がマイクを手に取る。


「皆さま。本日は、ハロウィンパーティーにご出席いただきありがとうございます。本日は、ミシェーレ女学院と静華学園の合同パーティーです。どうぞ、学校の垣根を越えた交流をお楽しみください」


雫石は一度、ミシェーレ女学院の学生たちに一礼する。


「本日、会場に入る際に花の飾りを配られたと思います。そちらはパーティーの参加証明でもありますので、必ず身に着けておいてください」


皐月と凪月が、花飾りを会場の生徒に見えるように掲げる。

紙細工で作られた精巧な花飾りは本物のように美しく、生徒たちは胸元や腰に着けている。


「本日は、特別なルールを設けます。ダンスのペアは、男性同士でも女性同士でも構いません」


ダンスのペアは男女というのが基本なので、生徒たちは少し驚いたようにざわつく。

しかし周りを見て、すぐに納得した生徒は多いようだった。

今日は女学院と合同ということで女子の数が圧倒的に多いので、普段のルールだとダンスに参加できない生徒が多く出る。

そのため、男女問わず参加できるようにしたのだ。


「どうぞ、楽しいひと時を過ごしてください」


雫石がそう締めくくると、晴の合図で楽団が演奏を始める。

今から、ダンスの時間なのだ。

つぼみは混乱を避けるため、少し時間を空けてから壇上から降りることにしている。


「僕ら、降りた瞬間にもみくちゃにされないかな…」

「まぁ、こうなるよね」


壇上から降りる場所のすぐ近くには、つぼみ狙いの生徒たちが大勢待っている。

女子の割合が多いのは、女学院の生徒が多いからだろう。


「ノルマは、1回か…」


翔平の顔色が悪いのは、最近の忙しさのせいだけではないだろう。

企画者であるつぼみが参加しないというのは盛り上がらないので、1回だけでも参加するように約束させられているのだ。

ホールではすでにいくつもダンスの組ができており、微笑ましいやり取りやギラギラしたやり取りが行われている。


「仮装をしていると、羽目を外しやすいのかしら」


いつもより積極的な生徒たちの様子に、雫石は首を傾げる。


「いつもと違う姿っていうのは、魅力的に見えるからね」


確かに、と晴の言葉に翔平だけが頷く。


「凪月、誰の誘いを受ける?」

「んー…一番最初の人かな」


だよねぇ、と2人で女子生徒の集団を眺める。


「僕ら、そろそろ行ってくるよ」

「いつまでも逃げていられないしね」


覚悟を決めた顔をすると、2人は壇上を降りていった。

そして黄色い歓声に包まれ、すぐに姿が見えなくなった。


『…俺もああなるのか』


そう思うと、この安全地帯を離れたくない。

ダンス自体別に好きではないし、最近忙しかったせいで体調があまりよくない。

仕事は期限内に終わったが、睡眠不足と疲労で頭がくらくらしている。


「私も、行ってくるわ」


雫石は椅子から立ち上がると、翔平の側にそっと近寄って耳元で囁く。


「純がどうして、あの衣装を嫌がっているのか教えてあげるわ」


雫石が指さした場所を見て、翔平は少し目を見開く。


「確かめてみるといいわ」


そう言って微笑むと、1人で壇上を降りていった。


「追いかけなくていいのか?」


そう尋ねると、晴は肩をすくめる。


「おれは、優しい人でいたいからね。それに、つぼみから2組も出すのはまずいし」


軽くウィンクすると、晴も壇上を降りていった。

どうやら気を遣われたらしいと知って、晴に感謝する。


翔平は椅子から立ち上がると、胸ポケットに飾りとして入っている赤い花を取り出す。


そしてそれを、純に差し出した。



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