第五十七話

 これは報いなのだろう。自身の行く末を悟り、静かに瞑目しながらシュナイダーは思う。


 どれだけ弱い自分を変えたところで、彼女たちを見捨てた過去は変わらない、シュナイダーの罪は償えない。そこから目を背けておきながら逃げたくないなどとんだ笑い話だ。フランツはそんなことを望まない。

 ただ裁きを。十年前に見捨てられた彼女の願いは、きっとそれだけだ。


(なら、ああ、仕方ないよな)


 すべて受け入れよう。彼女の憎悪も、罰も、下される死も。それがシュナイダーにできる唯一のことなら叶えたい。最期の瞬間くらい、望み通りの自分になれたと信じたかった。

 しかし覚悟を決めてしばらくしたころ、届いてきたのは銃弾ではなく、寂しげな呟きだった。


「うん……だよね、だと思ってた。そう言うよね、姉さんなら」


 そこへ被さるようにして鉄の鳴る音。見上げればフランツは銃を下ろしており、無関心そうな視線をこちらに向けていた。


「さっさと東ドイツの連中のお縄になりなよ。もうそろそろカタがついてるだろうから」

「許して、くれるっていうのか……」


 その瞳に稲光のような殺意が走って、問いは間違いだったと思い知った。


 火薬が爆ぜ、臓腑を揺らす。気がつけば足元の土に小さな穴が空いていた。ツンと鼻をつく硝煙の臭いのなかで、彼女が冷たく吐き捨てる。


「それ以上くだらないこと言ったら、今度こそ殺す」


 警告でも脅しでもない、これは事実だ。

 その確信にシュナイダーは口を噤み、フランツはふいと顔を逸らす。なんとか言葉のかたちに押しこんだ激情は、きっとあの日からなにひとつ変わらない、あの少女の真意だった。


「許せるわけない。お前も西も東も一生許すもんか。変われたとか逃げないとか、俺たち踏み台にして一人で勝手に立ち直って前向いて、ほんと死ぬほどイライラするんだ。

 でも、姉さんが言うから。お前は生かさなきゃいけないって分かってるから。それに」


 そこで息を継いで、こぼれたのはくすりと囀る微笑だ。

 シュナイダーにふたたび目を向ける。顔にはあの人懐こい仮面があった。快活に歯を見せて、フランツは愛嬌たっぷりに笑っている。


 しかしその裏には未だ消えない炎が燻っていると、問答無用で突きつけられた。


「もっといい復讐の方法、俺はもう知ってるんだよね。だからだよ」


 にっこりと親しげな笑みがシュナイダーを突き放す。懐に銃を戻し、どうしようもない子どもへ言い聞かせるようにして忠告する。


「一応言っとくね、西に捕まっても殺す。東で俺のこと口外しても仲間が殺す。死にたいなら東に捕まってから一人で勝手に死ね。分かったよね?」


 考える前に頷いた。するとフランツは踵を返して背を向ける。細い肩幅を隠すように着こんだ服は男のもので、しかしほっそりした背筋だけは紛れもなく少女のそれだった。


「じゃあね、ハンス・シュナイダー。もう二度と会いたくない」


 それを最後にフランツは木立の中へと消えていく。かける言葉もない。いや、シュナイダーにはもはやその権利もないのだ。


「畜生……」


 自分のせいで歪んでしまった少女、永劫許されない罪。

 それを思い知らされて、シュナイダーはただ、座りこんだまま無意味な懺悔へと溺れていった。

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