第2章
第12話 妖しい女
私も月風もその場に縫い付けられたように動くことができなかった。月風の言う『強い妖力』とは、まさかこの声の持ち主のものなのだろうか。私は月風の方をチラリと見た。月風は私の考えに賛成するかのように小さく頷く。
――ただの思い過ごしであって。
そう願わずにはいられなかった。私は自転車を道の隅に置いて視線を走らせる。その視線は公園の入り口で止まった。月風がスッと私の隣にやってくる。
さっきまで誰もいなかったはずの公園の入り口に一人の若い女性が立っていた。艶のある黒い長髪に真っ白のニットワンピース、そして整った顔立ち。
「私ね、探している人たちがいるの」
その女性はとても美しかった。
「でも、全然見つからなくて」
そう、まるで――
「お嬢ちゃんたちは何か知ってる?」
人じゃないみたいに。
「ひゃっ」
瞬間、私の横で突風が起こった。木々がざわめいてその葉を私に打ち付ける。咄嗟に閉じた目を開けて状況を確認すると、月風と女性が鍔迫り合いをしていた。しかも、月風は前に一度見せてもらった少年くらいの大きさになっている。
「坊や、なかなかやるじゃないっ」
見れば、女性の手には鋭い氷が握られている。月風は私を背に庇うようにして、その氷の刃を羽団扇で跳ね除けていた。
「くそっ!」
月風が思い切り羽団扇を振るい、その反動で女性との間合いを取った。二人は視線を逸らすことなく、僅かな隙も逃すまいと互いを見つめ続ける。冬の冷たく刺すような風の音だけが両者の間に流れた。不思議なことに、町の中でこんな非現実的なことが起こっているのにもかかわらず、人も車もこの場にはいなかった。私たちが帰路に就いた時には通行人もいたというのに。
――何が起きてるの?
突然の戦いに心が追い付かない。私の喉はカラカラに乾いていた。ギュッと握られた拳は爪が食い込んでいるはずだが痛みなんて感じない。瞬きをすることすら惜しくて、一瞬だって月風から目を逸らしたくなくて、私は彼の背中を見つめた。
「っ!」
動きがあったのは月風の方だった。その姿は霞のように揺らぎ、普段と変わらない掌ほどの大きさの月風がそこにいた。この隙をあの女性が逃すはずもない。
「月風っ!!」
気がつけば、突き飛ばされたように体は勝手に動いていた。小さくなった月風を胸に抱いて、その勢いのまま地に伏せる。どうしてこんなことをしたのかは分からない。
――だけど、月風をあのままにしたくなかった。
体が凍るほどの冷気がすぐそばまで迫っている。私にはそれがすごくゆっくりと迫ってきているように思えた。その場から動かない私の代わりに、胸に抱えた月風が我に返ったように動く。
――月風は助かるのかな。
覚悟を決めて目を閉じる。それは永遠とも思えるような時間だった。
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