第10話 変化
さっきまで手のひらサイズだった月風が、私の身長と同じくらいになって目の前にいる。
「なっ、なんで?」
月風は私のあまりの動揺に困惑した表情を浮かべている。
「なんでって、妖力使って姿を変えただけだろ。だいたい、お前が聞いてきたから俺は姿を変えたんだが?」
月風の不満げな言葉を聞いても私は目の前のことが信じられない。改めて、月風は私たち人間とは違う妖怪なんだと実感させられた。それに私と同じ大きさの月風って――
――緊張する、かも……。いやいや、相手は月風だし!妖怪だし!!
私は内心の動揺を鎮めるために深呼吸をした。よし、これでもう大丈夫なはずだ。
「えっと、なんかごめん。それにしても、妖力ってそんなことまでできるんだ」
見た目を変えることができる常識では考えられない力。私はその力に舌を巻いていた。今の私は月風と同じ強さの妖力を持っている。もしかしたら私でも月風のように妖力を使えるのかもしれない。妖力に感嘆している私に対して、月風は呆れたよう顔をしていた。
「妖は人を化かすものだぞ。自分の姿くらい変えれるっての」
「それって私もできるようになる?」
期待を込めた目で月風を見ると月風は首を振った。
「少なくとも、今のお前じゃあ無理だな。妖力の使い方がわからないうちはどうやったって使えない。その使い方も、俺は人間の感覚なんてわからないから教えられない」
つまり、妖力の使い方が分かる人間に教えてもらえということだろう。そんな人間に今まで会ったことなんてないが。私は肩を落としながら呟いた。
「今の月風、すごかったのになぁ」
それを聞いた月風は虚を突かれたように固まった。いつもよりも月風が大きいので、彼の表情がよくわかる。
――まさか、照れてる?
もっとよく見るために顔を近づけようとした瞬間、月風が元の小さいサイズに戻った。
「やっぱきついな」
せっかく確認してやろうと思っていたのに逃げられてしまった。しかし、『きつい』とは何がきついのだろうか。
「どうかしたの?」
月風は迷うように視線を彷徨わせていたが、結局私から視線を逸らした。
「別になんでもない。……それよりもお前の母親、いつになったら帰ってくるんだ?」
事情を伏せられたうえに、露骨な話題の転換までされた。いい気はいないが、月風にも事情があるのだろう。私が今ここで下手に追求をしても月風の口がより堅くなるだけだ。ここは一旦月風の話題に乗ってあげることにしよう。
「今日は帰ってこないよ。私のお母さん、看護師やってるから。日付が変わるころに仕事が終わるはずだから、それくらいの時間には帰ってくると思うよ」
「看護師ってのはそんなに働く時間が長いのか?」
人からはあまり聞かれたことがない質問だった。月風は妖怪だから人間の仕事の内容なんて知らなくて当然だろう。今まで教えられっぱなしだった私が、月風に何か教えるというのはなんだか不思議な気分だ。
「看護師は病院で働いてる人っていうのは知ってる?」
月風にどの程度の知識があるかわからなかったので、まずは初歩中の初歩から説明してみた。しかし、眉をひそめた月風にそれくらいは分かると言われてしまった。月風への説明はなかなか難しそうだ。
「えっと、あっ、私のお母さんが勤めてる病院は二十四時間体制で患者さんの受け入れをしてるとこなの。だから、看護師の人たちは三交代制で働いてる。で、今日お母さんはその三交代制の準夜勤だから帰るのが遅いってわけ。別にずっと働いてるんじゃないからね」
しどろもどろになりながら説明を終えて月風の反応を窺ってみる。月風は顎に手を当てて考え込んでいた。
――これはやってしまったな。
自分の説明下手を責めつつもう一度説明し直そうとした時、月風が喋りだした。
「あー、つまり、一日中働く必要があるが人間にはそんなことできないから仕事を分担したわけだ。それでお前の母親はその分担の夜担当だった。こういうことか?」
初めて月風のことを褒め称えたくなった。まさかあの説明で分かるだなんて。
「月風、すごいね……」
「は?」
私は月風に尊敬の念を抱きながらうんうんと頷く。しかし、当の本人である月風は落ち着かない様子で私から顔を背けてしまった。
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