第10話:逃亡・某領民視点
「心配するな、大丈夫だ、必ずジェノバに連れて行ってやる、安心しろ」
疲れ果てた俺達を海岸で迎えてくれた兵士が力強く約束してくれた。
その言葉を聞いた仲間達は、安堵のあまりその場に座り込んでしまった。
だがまだ完全に安全になったわけではないのだ。
助けに来てくれた公爵家の人達とは合流できたが、公爵領にまで逃げ込めたわけではなく、海岸にまでたどり着いただけだ。
せめて沖合に停泊する大船に乗り込まなければ、何時領主軍に襲われるか分からないのだが、力尽きた仲間達を立たせるのは難しい。
「もう少しだけ頑張ってボートに乗れば、我々が沖合の親船にまで運んでやる。
沖合の船には、お前達のために食事が用意されているぞ。
公爵閣下がお前達のために特別に用意してくださった大麦粥だ。
公爵閣下が厳選してくださった干肉やチーズがたっぷり入っている。
さあ、そこにあるボートにまで歩くだけで、至高の大麦粥が喰えるぞ」
海岸にいる兵士達の指揮官であろう人がそう言うと、もう一歩も歩けないと思われた仲間達が、這いずるようにしながらも、何とかボートに乗り込んだ。
年老いた者や女子供の中には、公爵様恩賜の食事の話を聞いても立ち上がれない者もいたが、そんな者達は兵士が肩を貸したり背負ったりしてくれた。
俺達の住んでいた領地の兵士とは比較にならない優しい方々だった。
俺達の住んでいた領地の兵士は、それでなくても多い六割もの税を課せられている俺達から、護り金だと言って残り僅かな大麦やライ麦を奪っていった。
「「「「「ウォオオオオオ」」」」」
「逃がすな、逃がしたら俺達まで処罰されるぞ」
「殺せ、見せしめに皆殺しにするのだ」
「殺す前に女子供を犯していいぞ」
「「「「「ウォオオオオオ」」」」」
仲間達全員がボートに乗り終えて、沖合に向けて兵士達がオールを漕いでくれている所に、俺達の住んでいた領地の兵士達が襲いかかってきた。
あのまま砂浜に座り込んでいたら、確実に殺されていた。
「盾役は民を護れ、弓役は矢をご馳走してやれ」
多くのボートの指揮官であろう大男が、兵士達に信じられない事を命じている。
更に信じられない事は、指揮官の命令に兵士達が従っている事だ。
俺達の住む領地の兵士達なら、民を護る事など絶対にない。
自分達が助かるために民を盾にする事はあっても、民を護るために命懸けで盾になる事など絶対にない。
驚いているのは俺だけではなく、ボートにいる仲間達も驚き目を見張っている。
ボートの兵士達は言葉だけでなく、実際に身を挺して矢を防いでくれている。
「「「「「ぎゃっ、ウッグ、うぎゃ、グッフォ」」」」」
信じられない事に、揺れるボートの上から放たれる矢が、俺達を狙う兵士達を正確に射殺している。
領地の兵士達の矢は、大半がボートとボートの間かボートの手前に落ちているのに比べて、公爵家の兵士の矢は確実に敵を殺している。
『俺達は本当に助かったのだ、もう飢えに苛まれる事も、寒さに震える事も、兵士に殺される恐怖を感じる事もない』そう心から思えた。
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