第82話 肉団子

「あら、カオスちゃんじゃない」


俺の顔を見て、限りなく球形に近いフォルムをした女性が人懐っこい笑顔を向けてくる。


「お久しぶりです。デブバ――じゃなくダルワさん」


「でぶば?」


「ああ、気にしないでください 」


危ない危ない、危うくデブ婆と本音が出る所だった。


空間を惜しげもなく埋め尽くす、超巨体の受付嬢が無い首を傾げる。

彼女の名はダルワ・スッコロバヌ。

冒険者ギルドで勤続30年を越す大ベテランの受付嬢?だ。


早く引退しろ。


「最近顔を見なかったけど、何かあったの?」


「ちょっと忙しくて。それより仕事の依頼をお願いしたいんですが」


彼女は俺にとって恐怖の対象である。

そんな相手と長々世間話をする気はないので、とっとと話を進めていく。


「クエストじゃなくて依頼なの?珍しいわねぇ」


ダルワは恐るべき存在だった。

太っているからとか、おばさんだとかそんな点が可愛く見える程に、彼女は恐ろしい秘密を抱えていた。


それは――そう……彼女は貧乳なのだ。


何を言ってるか理解できないかもしれないが、彼女には胸の膨らみが欠片も存在していなかった。

太っているにも拘らずに、だ。


まあ正確には、膨らみがない訳ではないのだろう。

それ以外の部分の脂肪に飲み込まれ、一体化してしまっているため確認できないだけだ。


溢れんばかりの脂肪に包まれた彼女の体は凹凸の無い球体を形成しており、ある意味、貧乳と言える形状を成していた。


腹と胸。

首と胸。

肩と胸。


繋ぎ目無く描かれる曲線。

それは芸術と言ってもいい作りなのかもしれない。


だが俺はそれを恐れる。

胸はあるのに胸が無い。

そんな究極の矛盾を前に、俺の本能が忌避感を示してやまないのだ。


「このリストの素材収集を依頼したいんです」


リストがかかれた紙をカウンターに置く。

そこには、平仮名で依頼品一覧を記してある。


この世界の言語は当然日本語とは違う。

文字もそうだ。

だが俺は乳神様から与えられたチートがある為、問題なく会話する事は出来る。


但し文字の方は漢字やカタカナは通じず、平仮名でないと駄目な様だった。


恐らく乳神様は、漢字とかが苦手だったのだろうと俺は考えている。

胸のデカい女は栄養がそちらに行ってしまうため、オツムがお留守になると言うからな。

あれだけ立派な胸をしていたなら、まあ仕方のない事だ。


しかしそう考えると、俺はとんでもない事を成そうとしているのではないかと身震いしてしまう。


豊胸薬ゴッドブレスを完成させれば、全ての女性の胸は豊かになる。

だがそれは同時に、女性の知能の低下を招いてしまうのではなかろうか?


巨胸か……知能か……


究極の2択ではあるが、天秤は既にその勝敗を決していた。

知能は成層圏を突き破り、もはや宇宙の彼方にある。


巨乳の完全勝利!

己を信じ、俺は前進制圧を誓う!


「だいたいこれぐらいになっちゃうわねえ」


「げ!?」


ダルワが、丸く短い手で試算を上げてくる。

思っていたよりも遥かに高い。

具体的にはゼロ一個分。


「さ、流石にそれは高くないですか!?」


酷い価格だった。

エリクサーの原価はだいたいマジックルビー1個分だ。

日本円に直すと1000万円、それが100個で約10億という計算になる。

そこにギルドに払う仲介料や、冒険者への報酬を踏まえても精々15億がいい所の筈。


だが肉達磨の出した試算は100億となっていた。

エリクサー以外の素材も頼んでいるとはいえ、他の素材の+αを考えてもこれは余りにも酷い。

ぼったくりって次元を遥かに超えている。


この婆、アホなのか?


「アダマンタイトは先ず手に入らないから、これ一個で50億の計算よ。それでも手に入るか怪しいレベルね」


「えぇ……」


アダマンタイトと言えば、ファンタジー世界で言う所の最強武具などに使われているあれだ。

鎧一つ分となればそれ位の価格はするかもしれないが、俺が求めてるのはほんの小さな欠片でしかない。


……それで50億とか。


どうやら少し、俺はアダマンタイト先輩を舐めていた様だ。

最強鉱物恐るべし。


「あとホウレン草も伝説級の素材だから、30億の計算よ。この2つが飛びぬけて高いのよぉ」


ホウレン草とか元居た世界ならワンコインで余裕だったのに、30億もするのか……

どうやらこの世界では貴重な種に当たる様だ。

ホウレン草農家をこの世界に召喚したら、さぞや大儲けできる事だろう。


まあ大量生産出来たら、確実に暴落するから無理だろうけど。


そもそも別にお金に困っている訳ではないしな。

俺には打ち出の小槌ドラゴンの宝があるのだから。


「分かりました。じゃあそれでお願いします」


「あら、太っ腹ねぇ。その様子じゃ、超お金持ちって噂は本当だったみたいね。私独身なんだけど、今晩どう?」


そう言うと、達磨は投げキッスを飛ばしてくる。

俺は某映画張りに、膝を曲げて地面と体が水平になる完全回避でそれをやり過ごす。


「あらあら、テレなくてもいいのに」


照れているのではない。

身の安全の為だ。


あんたの、な――


もし万一喰らっていたら、次の瞬間お前はサンドバックとしてあの世行きだったとだけ言っておこう。

まあ口にはしないけど。


「とにかくお願いします。お金の方は前金として、後で半額振り込んでおきますから」


そう言うと、俺はそそくさとその場を後にする。

ギルドでは仕事を依頼する際、前金として成功報酬の半分を先に渡す決まりになっていた。


これは悪戯防止のためである。

依頼するだけしてドロンする依頼人が昔は多かったらしく、その対策として前金制度が導入される事になったのだ。


但し、討伐系などの依頼だけは全額前払いになっている。

こっちは悪戯対策というよりは、半額だけで討伐させ、残額を踏み倒そうとする輩対策の為だった。


さて、流石に100億も払うと懐が寂しくなる。

久しぶりにドラゴンの所に表敬訪問ゆすりたかりにでも行くとしよう。

奴もきっと主である俺の顔を見れて大喜びするはずだ。

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