第81話 ジュース

秘薬生成スキルは、特定の素材を途中過程を無視して薬へと変えるスキルだ。

但し作れるのは製作一覧にある既存の薬品類のみであり、適当な配合によって新たな薬を生み出す様な真似は出来ない。


それに加え。

造れる種類は分かっていても、一度も製作した事の無い物のレシピは表示されない仕様であるため、素材の組み合わせは自力で探しださなければならなかった。


――唯一の救いは、逆ソート機能が付いている事だろうか。


一度でも使った事のある素材は、どのレシピに作えるのかが表示されてくれる。

つまり組み合わせは兎も角、取り敢えず素材をぶち込み続ければ何れ辿り着くと言う訳だ。


――豊胸薬ホープに。


「これで素材が100種類とかだったらなぁ 」


薬品の素材はかなりの数に及ぶ。

しかも製作した秘薬さえ素材の候補となる為、そのバリエーションは軽く万を超えてしまう。

レシピ一つ見つけ出すのにも一苦労だ。


「ん?」


素材を置いてある物置の扉を開け、違和感に気づく。

まさかとは思い、中を隅々まで確認する。

だが――


「ない!?」


思わず声を上げてしまう。

この中は薬品倉庫として使っていた。

なので素材は元より、完成した秘薬類もここに置いてある。


だがないのだ。


「エリクサーがない!!」


エリクサーはアリアに100本送っているが。

いつでも追加注文に答えられるように、100本ほどストックしてある。

だがそのストックが丸々消えてしまっていた。


「まさか盗難か!?」


いやそれはあり得ない。

屋敷に何者かが入ったのなら、流石に直ぐに気づく。

この一月、俺はほぼ屋敷に常駐していた訳だし。


勿論完全な引きこもりでは無かったので、ちょっと出かけたりなんかもしたが、それでもベーア辺りが常に屋敷には残っていた。

彼女の索敵能力に引っ掛からず、屋敷から物を盗み出す等不可能だ。


「となると……」


持ち出したのはこの屋敷の人間という事になる。

俺は庭でバッタを追いかけまわすサラに声を掛けた。


「なあサラ。倉庫に置いてあった薬品の事を知らないか?」


「薬品?そんな物は知らんぞ?それよりこのバッタはどうじゃ!ぶりっ!ぶりっじゃぞ!」


サラは手にしたバッタを此方に突き付けて来る。

サイズは30センチほどもあり、その腹部はパンパンに膨れ上がって今にも破裂しそうだ。


「別に食う訳でもなし。バッタの腹が膨らんでる事の何が楽しいんだ?」


「分かっておらんのう。バッタは乙女のロマンじゃぞ?」


「そういうもんか?」


「そういうものじゃ!」


バッタは乙女のロマンか。

良い事を聞いた。

この情報を生かして女性のハートを鷲掴みに出来れば、俺のハーレム計画は更なる躍進を遂げるだろう。


俺は褒美にサラの頭を撫でてやる。


「おおぅ」


すると彼女は変な奇声を上げる。

と同時に、手にしていたバッタを握りつぶした。


「し、しまった!妾とした事が!」


エルフは無駄な殺生を好まない温厚な種族だと思っていたが、どうやらハイエルフは違う様だ。

エルフがハイエルフを崇拝するのも、こういった非情な側面を恐れての事かもしれない。


おろおろしているサラを無視して、俺は屋敷へと戻る。


「ご苦労様」


中に入るとニーアがせっせと掃除をしていた。

彼女は本当に働き物だ。


しかも胸が大きい。


性格も真面目で。


しかも胸が大きい。


細かい気づかいもしてくれて。


しかも胸が大きい。


更には料理まで美味いと来てる。


そして胸が大きい。


正に俺のハーレムに花を添える逸材と言える。

そうだ、今度彼女にバッタを送るとしよう。

きっと感激してモミモミさせてくれるに違いない。


「ニーア、倉庫にあった薬品の入った箱を知らないか?」


彼女は屋敷の管理を行なってくれている。

ひょっとしたら、何らかの理由で動かしてしまったのかもしれない。


「いいえ、私は触っておりませんが」


「そっか」


「探し物ですか?でしたら私が――」


「ああ、いや。掃除の邪魔をしちゃ悪いから自分で探すよ」


一生懸命働いてくれているのだ。

邪魔をしては悪い。

俺は階段を上がってポーチの部屋に向かう。


部屋の前で扉をノックしようとしたら、その前に先に扉が開いた。

俺の気配を気取っていた様だ。


「父上?御用でしょうか?」


ポーチは膝を付き。

片手を付いた姿勢で、上目遣いに此方を見上げてくる。

これは先日呼んだ書物の影響だろう。


たしか伝記系の本だったかな?


兎に角その本の影響を受けてか、最近ポーチの奇行が目立つ。

人に見られたら誤解されそうな絵面ではあるが、まあ屋敷なので良しとしよう。


勿論、外でやったら注意するが。


「エリクサーを知らないか?」


「エリクサーですか?それならば、ベーアが自室に持ち込んでいましたが」


ベーアか。

しかしお菓子と経験値の事にしか興味の無いあいつが、なんだってエリクサーなんかを持って行ったんだろうか?


「そっか、ありがとう。ベーアに聞いてみるよ」


「用件は以上で御座るか?」


「あ、ああ」


御座る?


「では御免!」


そう言うとポーチは煙幕――幻影だが――を叩きつけ扉を閉じた。

……まあ小さな子のする事――成りは大きいが彼女はまだ2歳――だ、気にしない事にしよう。


「ベーア、入るぞ」


「あーん?いいべよー」


声を掛けてノックすると、気だるげな返事が返って来た。

俺はそのまま扉を開け――そこで固まる。


「おい……」


「どうしたべ?」


彼女の部屋には大量の瓶が転がっていた。

軽く100本近く落ちている……嫌な予感がしつつも俺はその一つを拾い上げ、パッケージを確認する。


ラベルには「えりくさぁ」と平仮名で書いてあった。


これは間違いなく俺の字だ。

何本か拾って確認するが、すべて「えりくさぁ」と書いてある。


「まさか、全部飲んだ?」


「何をだべ?」


「エリクサーだよ!?エリクサー!」


何の事が分からない風に、ベーアは首をかしげる。

この状況下で惚けられると彼女は本気で思っているのだろうか?


「ああ、あの甘い飲み物ジュースの事だべか?」


「ジュース?」


「甘い匂いがしてたんで飲んでみたら、これが美味い事美味い事。つい全部一気飲みしてしまったべ」


エリクサー100本一気飲みとか、正気かよこいつ……


呆れて声も出ない。

しかしどうやらベーアはエリクサーとしてではなく、甘い匂いに釣られてジュースとして飲んでしまっていた様だ。


「あれ一本、いくらするか知ってんのか?」


エリクサーは特殊な素材を必要とする。

当然くそ高い。

一本でちょっとした家が建つ――素材価格で――レベルだ。

それを100本一気飲みとか、どんなブルジョアだよ。


「知らね。金ならあるべ?」


確かに金ならある。

問題はその入手方法だ。


「金出して買えるんなら苦労しねーよ」


エリクサーの材料が高価なのは、貴重で兎に角数が出回らない為だ。

魔物領で取れるのは年間100本分程度。

それはアリアへのプレゼントとして渡してしまっている。


取っておいた予備の100本は、ダリアと聖王国で品切れまで素材を買い漁りまくって用意した物である。

つまりこの近辺では、暫く入手できないと言う事だ。

幾らでも追加を送るとカッコつけている手前、今アリアから追加を求められたら俺は大恥をかく事になってしまう。


全く、この熊公は……


「だったら冒険者を雇って集めさせればいいでねか。あいつらなら、小銭目当てに必死にかき集めてくるべ」


酷い謂れ様だな。

冒険者。

だが売ってないのなら、収集するというのはナイスアイデアだ。


今の俺は豊胸薬フューチャーの研究で忙しい。

自分で捜しまわる余裕は無いので、少し色を付けて大々的に依頼するとしよう。

案外ストック分位は直ぐに集まるかもしれない。


「また出来たら持ってくるべ」


「誰が持って来るか!」


完成品は魔物領の方で保管して貰っておく事にしよう。

屋敷で保管しておいたら、匂いに釣られたベーアにまた掠め取られてしまうのは目に見えている。


「ついでに他の希少素材も募集しておくか」


俺は屋敷を後にして、ギルドへと向かう。

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