第13話 渾名

まあ大丈夫だろう。

冷静になって気づく。


俺は今の幽霊状態を3日間は維持できる。

目の前のWBワイルドベアも魔物とはいえ、所詮は生き物。

そのうち腹をすかして何処かにいくに違いない。


取り敢えず寝て待つとしよう……



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「詰でるわね。完全に」


乳神様がアンニュイな感じでテーブルに片肘を付き、俺に詰み状態を宣告してくる。

が、彼女の腕に柔らかい胸がのしりともたれ掛る様に魅せられた俺の耳に、そんな言葉は届かない。


完全に放心状態。

魂を奪われるとは正にこの事だ。


生きててよかった……まあ死んでるんだけどね。


「ちょっとあんた!話聞いてるの!?」


「あ、御馳走さまです」


乳神様の強めの語気でやっと正気に戻った俺は、口の端から垂れる涎を拭きとり、とりあえず礼を言っておいた。

一生分の幸福を貰った気分だ。


「まったく、自分の状況がわかってるの?」


「ええ、まあ。暫くは動けそうもないみたいで」


「暫くねぇ……言っとくけど、ワイルドベアは場合によっては1年ぐらい食事をとらなくても平気よ?分かってる」


「え……」


……

………


「ええええええええええええ!?!?ちょっ、そんなの聞いてませんよ!?」


「だから詰んでるって言ったのよ」


呆れたと言わんばかりに、乳神様が大きく溜息を吐く。


「1年もあそこに釘付けとかシャレになりませんよ!」


乳神様の胸を拝める事が出来るここなら、10年でも100年でも全く構わない。

だが熊と1年も睨めっこなど、冗談ではない。


しかしいい乳だ。

この胸を見ていると、今ある問題が些細な事に思えてくるほど癒される。


「あんたこの状況で、良く胸眺める気になるわねぇ。感心するわ」


「それだけ乳神様の胸が素晴らしいって事ですよ!」


「そう?まあ褒められて悪い気は……って!誰が乳神よ!?」


あれ?何を驚いているのだろう?

いつも心の中でそう呼んでいるのだが?


「あんたねぇ……それで心の声に伏字ピーが入ってた訳か。なんかあんたの心の中にちょくちょく伏字ピーが入ると思ったら、私への卑猥な渾名だったなんて」


どうやら通訳さん(?)が気を利かして乳神と言う言葉を伏字ピーにしていた様だ。

俺はてっきりこの呼び名を受け入れてくれていたとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「そんな下品な渾名、受け入れる分けないでしょうが!あんたねぇ、仮にもあたしは女神なのよ。その呼び方は不敬にも程があるわよ?」


「すいません、お名前を知らなかったもので。乳神様の素晴らしい胸に因んで、渾名を付けさせて頂きました。他意はないんです」


「あんたが言っても他意しか感じないわよ。それと、名前は最初に思いっきり名乗った筈だけど?」


「胸に目を取られて聞いていませんでした」


「はぁ……もういいわ、好きに呼びなさい。あんたとやり取りしてると不毛でしょうがないから」


お許しが出た!


俺の…………………………………………………………………………………………

勝ちだ!!


右手を上げ、ガッツポーズを決める。

やはり勝利とは良い物だ。


「余韻に浸ってるとこ悪いけど、どうする積もり?このまま睨めっこを続けるの?」


それは勘弁願いたい。

乳神様、何とかお願いします!

どうかお知恵を!


俺は両手を合わせ、強く拝む。

そのたわわに実ったふくよかな胸を。


「全く……物を頼む態度じゃないわよ、それ。まあいいわ、じゃあこうしましょう――」

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