第115話 第3次攻撃隊
1944年6月4日
第3次攻撃隊を迎え撃ったF6Fは思いのほか少なかった。
「30機くらいか、少ないな」
「加賀」艦戦隊第3小隊に所属している樽見伸也飛曹は雲の切れ目から現れたF6Fの機数を数えながら呟いた。
「『加賀』隊全機、かかれ!」
戦隊長機がバンクするやいなや、樽見は零戦のエンジン・スロットルを開いた。
零戦が加速していき、速度計の針が時速600キロ付近まで回っていく。
F6Fの機体が急拡大し、最初は多田の黒点にしか見えなかったものが、徐々に飛行機の形を整える。
樽見は一番右端のF6Fに狙いを定めて突進したが、その直後、左前方から迫ってくる2機のF6Fに気づいた。
樽見は咄嗟に操縦桿を右に倒した。
次の瞬間、無数の12.7ミリ弾の投網のような曳痕が零戦の機体スレスレを通り過ぎ、その軸線を追うようにしてF6Fが樽見機とすれ違う。
樽見機を狙ったF6Fは離脱していき、樽見もそのF6Fを深追いする事はしない。
「速度性能の高いF6Fは格闘戦を挑んでこない。ならばこちらも零戦の速力上昇を生かして一撃離脱戦法に徹した方がいい」
という考え方はもはや零戦搭乗員の中では常識になりつつあり、樽見もこの考え方に従ったのだ。
素早く空域を見渡し、樽見は下方500メートル付近を飛行している1機のF6Fに狙いを定めた。
機体を倒し、F6Fの後方から突進していった。
F6Fが不規則に旋回し、狙いを外そうとしてくるが、樽見はその動きを逃がさない。
F6Fの搭乗員が破局を感じたのと、樽見が機銃の発射ボタンを押したのが、ほぼ同時であった。
両翼から発射炎が閃き、20ミリの火箭が2条、12.7ミリの火箭が2条、狙い過たずF6Fの樽のような胴体に突き刺さった。
20ミリ弾が機体を引き裂き、12.7ミリ弾が補助翼を吹き飛ばした。
F6Fが大量の黒煙を噴き上げつつ姿を消したときには、樽見の意識は次の機体に移っている。
そのF6Fは零戦との戦いを回避して、彗星、天山を狙おうとしていたが、そのせいで、後方の注意が疎かになっていた。
弾幕射撃を敢行した彗星隊と樽見機の機銃弾がF6Fを包み込むようにして殺到し、そのF6Fは両翼をほぼ同時に叩き折られて真っ逆さまに墜落していく。
1機目の撃墜を樽見が確認したとき、2機の天山に火を噴かせて離脱していくF6Fが視界に入った。
61型に搭載されている1600馬力の「誉」エンジンが吠え猛り、零戦の機体が急降下に移る。
体に強烈なGがかかり、意識が持っていかれそうになったが、F6Fの尾部を捉えたと見るや、樽見は機銃の発射ボタンを押した。
20ミリ弾、12.7ミリ弾の火箭が猟犬のようにF6Fに牙を突き立て、尾部を集中的に痛めつけた。
尾部の損傷によって機体バランスが崩壊したF6Fはよろめきながら離脱していく。
1機撃墜、2機撃破の損害を与えた所で、樽見は機体を水平方向に戻した。
火を噴いている彗星、天山は殆どいない。
第3次攻撃隊に随伴している60機の零戦が半数のF6Fを十分に牽制し、押し込んでいるのだ。
米艦隊の対空射撃が始まる。
輪形陣の外郭の駆逐艦3隻から多数の発射炎が突き上がり、彗星、天山といった攻撃機にとっては天敵ともいえる防空軽巡洋艦も砲門を開く。
2機の彗星が立て続けに火を噴き、海面付近への降下を始めていた天山も1機が速攻で叩き落とされる。
零戦の搭乗員席から米艦隊の対空砲火を始めて見た樽見は息を飲んだ。
樽見は元々ラバウル航空隊に所属しており、重厚な火網を張るB17、B24といった機体と渡り合ってきた実績があったが、米艦隊が繰り出す対空砲火はそれとは比較にならない。
進行方向が全て射弾で覆われているように感じられ、輪形陣侵入前に攻撃機全機が叩き落とされてしまうのではないかと思わせた。
だが、攻撃機の搭乗員は勇敢であった。
爆煙を突いて急降下を開始した彗星が駆逐艦2隻、巡洋艦1隻に命中弾を与え、輪形陣の対空射撃に穴が開いた。
樽見は、20数隻存在している護衛艦艇の内、たったの3隻を撃破したからといって何になるのかと思ったが、艦攻隊の搭乗員には確かに敵空母雷撃のチャンスが生まれたようだ。
海面付近まで降下した天山が次々に輪形陣内部への侵入を開始し、まだ投弾を終えていない彗星も空母の飛行甲板を破壊すべく機体を翻して侵入を開始する。
「正規空母1隻、小型空母1隻は動きが鈍いな」
樽見は輪形陣の中央で対空砲火を撃ち上げながら回避運動を開始している4隻の空母を観察して呟いた。
第2次攻撃隊の天山によって水面下を傷つけられた空母であろう。
攻撃機の搭乗員も樽見と同じ事を悟ったのか、半数以上の機体が動きが鈍っている正規空母に殺到する。
彗星、天山に被弾・墜落する機体が相次ぐ。
そして、被弾しても、そのまま突入を継続する機体も相次ぐ。帰還不能と見て、まっしぐらに敵空母を目指している。
正規空母の舷側に長大な水柱が奔騰し、その隣の小型空母の飛行甲板上に火焔が踊る。
そこに帰還不能となった彗星、天山が突入し、被害が大きく拡大する。
第3次攻撃隊が離脱にかかった時、正規空母1隻は完全に航行を停止しており、残りの3空母も何らかの損害を被っていたのだった・・・
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