第26話 迎撃機発進


 ラバウル出撃から3日後、第6艦隊の試練が幕を開けた。


「『大鷹』より信号。『電探感有り。米軍機らしき大編隊接近中の模様』」


 第6艦隊旗艦「伊勢」の艦橋に、報告が上がってきた。


 艦橋内にいた参謀達の何人かは来るべきときが来たと顔を引きつらせたが、司令官の宇垣は落ち着いた様子で口を開いた。


「司令官より艦長。敵機発見の予兆はあるか?」


「各見張り員から『敵機発見』の報告は入ってきていません」


 宇垣の質問に「伊勢」艦長の高柳が応えた。


「『大鷹』の電探は壊れているのではないですか?」


 「伊勢」の艦橋から敵機が発見されなかったため、参謀の1人が「大鷹」の電探の故障を疑ったが、宇垣は、


「ラバウル出撃時に『大鷹』の電探は正しく動いていたとの報告が艦長の高次大佐より上がってきている。間違いはあるまいよ」


「『大鷹』の直衛機を上げろ。戦闘開始だ」


 直衛機発進の命令が「伊勢」から「大鷹」に送られ、「大鷹」が転舵を開始し、艦首を風上に向ける。暖気運転のエンジン音が「伊勢」の艦橋内にまで轟き、「大鷹」の飛行甲板から零戦隊が次々に発艦を開始する。


 「大鷹」からの報告によると最初に出撃させる零戦の機数は搭載機数の約半数に当たる15機との事であった(飛行甲板の都合)。


 零戦隊が全機発進し終えたタイミングで、


「見張り員より艦長。敵機大編隊発見、機数約40機」


との報告が入ってきた。


「15機対40機か。各艦の対空戦闘が鍵になるな。高柳艦長頼んだぞ」


「お任せください、司令官。『日向』の松田大佐と相談して新たな対空戦闘方法を編み出しています」


 零戦隊の2倍以上の敵機が接近しているという状況にも関わらず、高柳は快活に笑っていた。よほど自分達が編み出したという対空戦闘に自信があるのだろう。


 (果たしてどうなるかな)


 宇垣は頭の中で考えを巡らしていた。空襲がこの40機だけならば凌げる公算が高いだろうが、第6艦隊に対する空襲がこの1波だけで終わるわけではないだろう。攻撃は日没寸前まで繰り返されるだろう。


「零戦隊突撃します!」


 見張り員からの空中戦開戦の報告が宇垣の思考を断ち切った。



 「大鷹」の電探が捉えたのはポートモレスビーの米軍飛行場から発進したP38(陸軍機)20機、ハボック20機だった。


 P38はアメリカのロッキード社が設計・開発した機体であり、三胴設計の双発単座戦闘機である。その愛称は「ライトニング」であり、稲妻の如き活躍が求められている機体とも言えた。


 太平洋戦線よりも一足早く、欧州戦線でP38は活躍しており、ドイツ軍に押されまくっている連合国の戦線維持に一役買っていた。


「『ライトニング1』より全機へ。敵機視認、約20機」


「ジークだな。お手並み拝見といくか」


 P3820機を率いているベンジャミン・S・ケルゼー大尉は唇を舐めながら呟いた。ケルゼーはP38の開発に深く関わった人物の一人であり、太平洋方面のP38部隊が創設されるやいなや戦隊長に任命された人物だ。


「ジーク散開!」


 機上レシーバーを通じて報告が入ってきた。


「『ライトニング1』より全機へ。戦闘機の機数はほぼ同数だ、ジークが格闘戦を仕掛けてきても応じるな。一撃離脱戦法で対応せよ!」


「『ライトニング6』了解!」


「『ライトニング11』了解!」


「『ライトニング16』了解!」


 各小隊長が応え、P38が5機編隊に分離する。


 ケルゼーも編隊の4機を率いてジークに立ち向かう。急降下攻撃をかけてくるジークに低空から挑みかかる形だ。


 発砲はジークの方が早かった。ジークの両翼から2条の図太い火箭が噴き伸び、第1小隊の3番機に突き刺さる。


 機銃弾を叩き込まれた3番機は暫く飛行を続けていたが、やがて限界を迎えてしまったのであろう。黒煙を噴き上げながら高度を落とし始めた。


「・・・凄い威力だな。ジークの機銃は20ミリクラスだな」


 防御力に優れているP38が僅か一連射で撃墜されたのを見て、ケルゼーはジークの機銃弾の口径を予測した。ラバウル上空の航空戦でハボックが次々に撃墜されているというが、この様子を見ると虚報ではないらしい。


 1機を失い、残り4機となった第1小隊に新たなジークが突っ込んできた。


「よいしょっと」


 ジークが発砲する寸前、ケルゼーは操縦桿を思いっきり左に倒した。


 P38の右側に赤色の奔流が流れ、小隊とジークがすれ違った直後、ジークが大爆発を起こした。


 2番機以降の機体がジークに多数の12.7ミリ弾を叩き込み、その内の1発が油送管か燃料タンクを貫いたのだろう。


「次いくぞ!」


 ケルゼーは自分に気合いを入れ、この日初めて機銃弾を放った。


 P38の両翼一杯に発射炎が閃き、20ミリ弾、12.7ミリ弾がジーク目がけて殺到していく。それはもはや火箭というより投網だ。一度その投網にジークがかかれば搦め殺されることは間違いない。


 しかし、ケルゼーが射弾を放っていたときにはジークは既に垂直降下に移っていた。ケルゼー機が発射した射弾は悉く空を切っている。どうやらジークの搭乗員にはベテランが多いらしい。


 零戦対P38の初土俵はレベルの高い面白い戦いになりそうだった。





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