第18話 零戦繚乱
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第204航空隊の零戦がF4Fを十分に引きつけている間に、漆崎は小隊の3機を率いてA20――「ハボック」に攻撃をかけようと引き続き喰らいついていた。
「あれやるぞ」
漆崎は高度500メートル下程で進撃を続けていたハボックの3機編隊に狙いを定めた。
漆崎は零戦を降下させ、小隊の3機もそれに続く。
発砲は米側の方が早かった。
機体各所から次々に発射炎を閃かせ、無数の青白い曳痕が、ぶちまけるような勢いで殺到して来た。
漆崎は本能的に機体を捻って敵弾を回避したが、小隊の中で一番の新人だった大鳥進飛曹が搭乗している4番機が回避に失敗し、敵弾をもろに浴びる。
機体後部を穴だらけにされた大鳥機は煙を噴きだして墜落していく。
大鳥は21歳と今後の活躍が大いに期待された若手搭乗員だったが、ラバウル沖の海域で散華してしまったのだ。
大鳥の死を悼んでいる暇はない。
敵弾を回避したときにはハボックの巨体が視界目一杯に広がっている。
ハボックが慌てたように機体を左右に揺らしていたが、その時には漆崎は20ミリ機銃の発射柄を握っている。
20ミリ弾の太い火箭が両翼にほとばしり、ハボックの機体に突き刺さる。
20ミリ弾を叩き込まれたハボックはしばらくの間それでも飛んでいたが、やがて力尽きたかのように墜落していった。
さっきハボックに20ミリ弾を命中させた際には敵機を撃墜させることができなかったが、今度は見事に撃墜することができた。零戦の何倍も大きいハボックだったが、零戦で十分に対抗できる機体のようだ。
漆崎が次の獲物を見定めるために上昇を開始した直後、風防ガラスが真っ赤に光り、バックミラー越しに1機の零戦が炎を身に纏いながら墜落していくのが確認できた。
「回り込まれていたか・・・!!」
全てを察した漆崎があらん限りの声で罵声を放った。小隊の未来位置を予測して待ち構えていたF4Fがいたのだ。
残り2機となった小隊にF4Fの4機小隊が襲いかかってくる。F4Fの大部分は第204航空隊の連中が相手取っていたはずだが、ハボックの援護に回ってきたF4Fが一部いたのだろう。
「ならば!」
今一度自分に喝を入れ直した漆崎は操縦桿を思いっきり手前に引きつけた。
零戦が急上昇し、景色が反転した後に急降下を開始する。零戦の十八番の一つの宙返り戦法である。
宙返りに成功した漆崎機はF4Fの背後に取り付くことに成功した。敵のF4Fは漆崎の宙返りの動きに付いてくることが出来なかったのだろう。
漆崎が7.7ミリ弾を放つ。7.7ミリ弾は20ミリ弾とは違って弾薬の搭載量が格段に多いため、出し惜しみをする必要が全くない。
F4Fが横転するが、その機動も虚しく、機体の下腹に火箭が吸い込まれる。
7.7ミリ弾ではF4Fに対して威力不足であり、F4Fは僅かにグラついただけであったが、次の20ミリ弾が本命であった。
20ミリ弾によって胴体を貫かれたF4Fは大量のジュラルミンの破片をまき散らしながら墜落していく。
1機を撃墜され残り3機となったF4Fの編隊は既に視界から消えている。F4Fは零戦と違い、一撃離脱戦法を主軸して闘っているため、1機の機体を追い回すという行為はしないのだ。
この時点でハボックの残り機数は25機程度となっており、護衛のF4Fもその数を大いに減じていた。
第200、204両航空隊の零戦が大いに奮戦し、多数の敵機を撃墜したのだ。
対する零戦隊も20機以上が撃墜されており、ほぼ同数の機体が被弾損傷していたが、まだかなりの数の零戦が健在だった。
「全機落すぞ!」
友軍機の奮戦を見た漆崎は大いに猛ったその時、
「小隊長、ラバウル東海岸です!」
「時間切れか・・・」
ラバウル沖40海里ほどの空域で始まった迎撃戦だったが、空戦を続けている内に空中戦の戦場がラバウル上空にまで移ったのだろう。
零戦の迎撃を切り抜けたハボックが我先を争うように降下していく。最初は緊密な編隊形を組んでいたハボックだったが、今ではほとんどの機体が単機で進撃していた。
狙われているのは第2飛行場のようだ。他の飛行場に向かうハボックは皆無であり、米軍の狙いが一カ所の飛行場に絞られているのは確実だった。
ハボックの爆弾倉が開き、500ポンドクラスの爆弾が次々に投下される。
程なくして地上に爆煙が立ち昇り始め、大量の土が空中に舞い上がったのだった。
2
「零戦隊は大いに奮戦してくれたようだな」
ラバウル第1飛行場の脇に設置されている司令部で、第24航空戦隊司令の郡山拓斗少将が満足そうに呟いた。
ラバウルに対する空襲はたった今終結を迎え、中破した第2飛行場以外の2カ所の飛行場に空戦を生き残った零戦が着陸を開始していた。
着陸してきた零戦の中で無傷な機体は非常に少ない。約7割の機体がどこかかしらに弾痕が刻まれている。司令部から見ている限りでは日本側優勢であるように思われた今回の迎撃戦ではあったが、零戦隊にも多大なる被害が出たのだ。
そんなことを考えていた郡山をよそに、参謀長の雨貝結城少将からの報告が始まろうとしていた。
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