第15話 第2次攻撃

 戦局は流動的に動く。


 当初、敵輸送船団用に第2次攻撃隊を準備していたラバウル航空隊だが、索敵に出撃した「神山」からの「敵空母1隻発見」の報告を重要視して、第2次攻撃隊の攻撃目標を新たに発見した米空母に切り替えた。


 そして、米空母「ヨークタウン」の上空に戦爆雷合計90機の攻撃隊が来襲したのは午後3時30分の事だった。


「グラマン、後方!」


「機銃で追い返せ! ここで落されるわけには絶対にいかぬ!」


「はい!」


 99艦爆の操縦桿を握っている河岸三郎飛曹長は後部座席に座っている大川透飛曹からの報告に矢継ぎ早に指示を出した。


 大川は99艦爆の後部に取り付けられている7.7ミリ機銃を発射する。99艦爆の7.7ミリ機銃は旋回式となっているため、命中率は極めて低かったが、ないよりはいい。


 グラマンを攪乱するために、河岸は操縦桿を思いっきり右に倒して、99艦爆は右旋回に移る。


「このグラマンと対空機銃の防空網は凄まじいな。全く隙がない」


 額に浮かび上がっていた汗を拭いながら河岸は呟いた。


 最初の時点で30機いた艦爆隊は既に4機が撃墜されてしまっており、河岸もグラマンに翻弄されている始末であった。


 先程から河岸は巧みな操縦でグラマンを引き離そうと試みていたが、グラマンを完全に振り切ることは出来ていない。


「零戦隊は何をやっている!!?」


「零戦隊は既に一部の機体が離脱を開始しています! 残りは半数程度! この機数ではグラマンを抑えきる事が出来ません!」


 思わず叫んだ河岸に対して大川はあらん限りの声を出した。大川は大声を出しているつもりだろうが、機銃の発射音にかき消されそうな声であった。


「30機の艦爆の内、3発命中させればいいだけなんだがな・・・」


 河岸は回避運動を既に開始している敵空母を睨み付けた。


 ヨークタウン級の空母がそこにはおり、3発の爆弾を命中させることが叶えば、敵空母撃沈にグッと近づくことは間違いなかった。


 ここは何としても爆弾を叩きつけたい場面だ。


「どけ、グラマン!」


 河岸は99艦爆で緩降下を行った。250キログラム爆弾を機体下に搭載している99艦爆がこのような場面で降下機動を取ると高度がガクッと下がってしまうため、非常に危険だったが、今はそんなことは言ってられなかった。


 横から仕掛けてきたグラマンが機銃弾を容赦なくばらまいたが、一足先に高度を落していた99艦爆を捉えることはない。


 河岸は99艦爆の追撃をかわすことに成功したのだ。


 河岸は99艦爆の機動を降下から上昇に切り替える。


「いけますよ! 飛曹長!」


「分かっている、行くぞ大川!」


 河岸はエンジンをフル・スロットルに開き、99艦爆の機体が一気に加速を開始する。99艦爆も零戦と同様に非常に身軽な機体のため、最高速度に達するまでの時間は短い。


 米空母を守るように構成された輪形陣の詳細が視界に入ってくる。


 巡洋艦1隻、駆逐艦5隻が空母を守るように展開している。いずれの艦も艦上目一杯に発射炎を煌めかせている。グラマンだけでは日本軍の攻撃機を防ぎきれないと見て、防空戦闘を開始しているのだ。


「うおっ!!」


 河岸は凄まじいまでの対空砲火にたじろいた。


 5月の珊瑚海海戦でも攻撃隊は米艦艇からの鬼のような対空砲火に苦しめられ、「翔鶴」「瑞鶴」の攻撃機は大いに損耗したとの報告が上がっていたが、この対空砲火は確実にそれ以上のように感じられた。


「2機急降下開始してます! 目標米空母!」


 大川が歓声まじりの報告を上げた。河岸が前を見ると確かに2機の99艦爆が敵空母に対して急降下をかけている様子が確認された。


 しかし・・・


「ああっ・・・」


 歓声混じりだった大川の声が一瞬にして落胆に変わった。


 急降下した2機の内、1機は投弾前に片翼をもぎ取られて撃墜されてしまい、もう1機が決死の思いで投弾した250キログラム爆弾も至近の海面に空しく水柱を上げるのみで終わったのだ。


「今度は俺達の番だな」


 唇を舐めた河岸は米空母に対して機首を向け、99艦爆の高度を徐々に落し始める。


 99艦爆が高度を落し始めたのと、河岸機の周囲を弾幕が包み込むのはタイミングとしてほぼ同時だった。


 強烈な圧力に体を圧迫されながらも、河岸は降下を続ける。


 空母は左に舵を切っており、投弾の軸線をずらそうとしてくる。


 米空母は川岸機の真下に潜り込もうとしており、最も攻撃しにくい位置を占位する。


 この状態だと命中率は低いと言わざるを得なかったが、ここで機体の態勢を変えることはできない。


「800メートル、700メートル、600メートル!」


「まだまだぁ!」


 一般的な投弾高度である高度600メートルに達したが、まだ河岸は爆弾の投下レバーを引かない。


「400メートル!」


「てっ!!」


 河岸はレバーを引き、250キログラム爆弾を切り離した事によって機体が一気に軽くなる。


 爆弾投下後も99艦爆は高度を下げ続けるが、海面すれすれで99艦爆の機体は水平飛行に戻る。


 投弾の結果は・・・


「空母の左舷で水柱! 至近弾です!」


 大川が悔しそうに呟いた。

 

「しかたない、ラバウルに1回帰還するぞ!」


 河岸は悔しさで顔を歪めていた。









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