第二五話「ロードスターは、車中泊に向かなかった」

ロードスターで寝るのは至難しなんわざだった。シートは倒れないし、足も伸ばせず、疲れが取れない。


朝七時。ひらめは、トボトボとコンビニまで歩き、タバコと缶コーヒーを買う。くわえタバコで自宅に向うが、思い返して途中で引き返す。


一人暮らしのひらめの部屋には今、真央が寝ている。


(まだ起きてないだろうな・・・)


ガードレールに腰をかけ、缶コーヒーを飲みながら、真央のことを考えた。


(・・・なんでだ? 俺らしくない)


何も考えずに、欲望と感情のまま行動するのが『ひらめ』であって、常識や他人の目は気にしないハズ。

そういう人間を演じてきたのに、真央といると『ひらめ』じゃない、弱い自分が出てくる。


だから、ひらめは真央が苦手だったし、今も苦手だ。


なのに真央が気になる。


ハーフパンツの中でケータイが震える。


「はい。ひらめ」


「おはよう。恭子」

「うん。おはよ〜。恭子ちゃん、朝はやいね」


「なに?」

「何が?」


「電話、昨日の夜の電話。出れなくて、ごめん。・・・もう寝てた」

「ああ、なんでもない。ごめんね」


「もしかして真央?」

「ん?」


「残念だけど、うちに泊まってないよ?」

「なんじゃそれ?」


「真央を探して電話くれたんじゃないの?」

「違う違う」


「なんだ、てっきり大好きな真央ちゃんが恋しくて探してるのかと思った・・・」

「何それ?」


「ひらめ、真央に気があるでしょ?」

「ぶっ飛ばすよ。マジで・・・」


「あはははは。これは図星だね」

「何を根拠にそんなゲスな推測をしてるの?」


「勘よ。勘。女の勘」

「馬鹿じゃないの? 切るよ」


「待て待て。切るなっ! なんで電話くれたのよ」

「えっ? 恭子ちゃんと愛を語ろうかと思って・・・」


「クサっ。嘘くさい。まあ良いや。じゃあね」

「うん」


(恭子ちゃんって勘が良いんだよな・・・)


直ぐにケータイが鳴る。


「なに?」

「えっ? おはよう。真央」


「ああ。おはよう。寝れた?」

「うん」


「そっか。じゃ戻るよ」

「うん」


真央は丁寧に、ひらめの洗濯物と使ったシーツと枕カバー、タオルケット、バスタオルを洗濯していた。


(真央さんの残り香を楽しもうと思ったのに・・・)


「洗濯、ありがと。俺のパンツも洗ってくれたんだ?」

「うん」


「真央の手料理でもって思ったんだけど、何もなかったから」

「そうね。そもそも食べるテーブルもない・・・」

「・・・」


「・・・寝れた?」

「さっきも聞いた・・・」

「そうか・・・」


「なんか照れるね・・・。初夜を迎えた男女みたい・・・」

「うん・・・」


「ちょっとタバコ吸ってくる。ベランダ・・・」

「うん」

「テレビつけてみてよ。天気予報とか・・・」


居心地が悪く感じたひらめは、ベランダへ逃げようとしていた。そんなひらめに真央が声をかける。


「ひらめ・・・あのさ。恭子にだけは話しておいた方が良いと思うんだ」

「何を?」


「真央とひらめの関係・・・」

「何もないのに?」


「何もないけど・・・。昨日、恭子にひらめと飲みに行くから、泊まることにしておいてってお願いした」

「うん」


真央は、恭子の家に何度も泊まりに行っているほど仲が良いそうだ。恭子の家に着替えも置いてあるし、頻繁に二人で飲んでいるらしい。


でも、真央はひらめと二人で飲みに行っていることは話していない。


そして昨日のこと。恭子は、ひらめと真央が飲みに行ったことを知っている。


ひらめは、真央に恭子との電話のことを話した。


「ちょっと整理すると、恭子ちゃんは、真央さんと俺が飲んだ。で、真央さんがいなくなって、俺が真央さんを探してるって思ってるような気がするんだけど・・・」

「・・・」


「一般的に考えると、真央さんに逃げられた可哀想な俺・・・」

「だね・・・。可哀想なひらめ・・・だと思われてそうだね・・・」


「え〜。なんか可哀想じゃん。俺・・・。せめて真央さん、今からやろう・・・」

「朝から何いってんの? 変態っ!」


いつものペースに戻ってきた。


「恭子には話しても大丈夫だと思うんだけど、どう?」

「恭子ちゃんにバカにされる・・・」


ひらめは、何もできなかったことを恭子に知られてバカにされることを嫌がっている。


「大丈夫だよ。ひらめが思っているよりバカにしてるから」

「・・・」


「ねっ、真央は着替えを取りに恭子んちに行かなくちゃいけないし・・・」

「気が乗らない・・・」


「ほら、行くよ」

「恭子ちゃんち、知らないし・・・」


真央が恭子に電話をかける。


「ひらめ、恭子に電話して」

「何で? 真央さんが電話してよ・・・」

「電源が切れてるのっ!」

「・・・」


渋々、ひらめは恭子に電話をする。


「もしもし、恭子ちゃん?」

「なに?」


「今から家に行ってもいい?」

「はぁ?! 何いってんの!」


「ダメだよね? ダメなら良いんだ・・・」


ひらめのケータイを真央が奪う。


「もしもし、恭子? 真央。今から行く・・・。うん・・・。ごめん。違う。うん。後で話す・・・。変わるね」


「ひらめ、やるな〜」

「やってたら、こんなテンションじゃないよ・・・」


「クルマでしょ? 戸田公園、分かる? 駅まで来れば、たぶん真央が分かるから。気をつけてね。じゃあね」

「うん。バイバイ」


ひらめは、ダラダラと着替え、わざとゆっくり歯を磨く。


「早く準備するっ!」

「うん・・・」


二人はロードスターに乗り、恭子の家に向かう。

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