第二四話「酔い潰れた娘と駅で座り込む」

ひらめは酔っ払った真央を抱え、終電が終わった駅に向かう。


「真央さん、大丈夫?」

「・・・うん」


スーツ姿の見目麗みめうるわしき娘が、終電が行ってしまった駅のシャッターの前で座り込む。ひらめは隣に胡座あぐらをかき、うなだれている真央に話しかける。


「真央さん、パンツ見えちゃうよ」

「・・・」


「真央さん、狼に襲われちゃうよ」

「・・・」


「真央さん、キスしちゃうぞ」

「・・・」


(そんなに飲んでないと思うんだけどな・・・)


ひらめは、誘った男として責任を感じていた。


「真央さん、タクシーで帰れる?」

「・・・恭子んちに泊まる」


「うん。恭子ちゃんに電話するね。ちょっと待ってて」


ひらめはケータイを取り出し、恭子に電話をかける。


「恭子ちゃん、電話出ないね・・・」

「・・・」


「真央さん? 聞いてる?」

「・・・」


「恭子ちゃんち、分かる?」

「・・・」


(なんか面倒くさい。もう帰りたい。帰ろう・・・)


「真央さん、起きて。真央、キスしちゃうぞ! 起きろ!」

「うん。起きてる」


「俺、帰るけど、どうする? 送っていく?」


「いま何時?」

「一時二〇分位」


「家には帰れない」


「どうする? 恭子ちゃんは電話にでない。ホテル行く?」

「・・・」


「勘違いしないでね。俺は帰るよ。真央さんだけ、その辺のホテルに泊まる?」

「う〜ん」


「真央さん、面倒くさいから、早く決めて」

「・・・行く」


「よし、タクシー乗るよ」


運転手に行き先を西川口と伝え、途中で泊まれそうなホテルに寄ってもらう。


「真央さん、起きて。ホテル着いたよ」


寝ている真央は、うざいくらいに、ひらめに抱きつく。


「お兄さん、ダメそうだね」

「ダメっすかね?」


「ダメだろうな・・・。どうする?」


「すいません。西川口まで行っちゃってください」


「お兄さんたち、会社か何か?」

「会社の同僚なんすよ。こいつ」


「疲れちゃったのかね?」

「なんか面倒くさいっすよね・・・」


「その娘、お兄さんに気があるんじゃない?」

「そうだったら、いいんすけどね。なかなか上手くいかねーんすよ」


ひらめの部屋近くのコンビニで、深夜料金を支払い降車する。


「真央さん、コンビニで必要なもの買って」


「うん。ここどこ?」

「西川口。うちの近く」


「大丈夫?」

「うん。大丈夫・・・」


真央は不安そうな表情を浮かべている。


「大丈夫、何もしない」

「うん。信じる・・・」


真央が納得したのか、しないのかは別にして、必要最低限の着替えと水、歯ブラシを購入してコンビニを後にする。


コンビニから、ひらめの部屋までの間、微妙な距離、無言で歩く。


「ちょっと片付けるから待ってて」

「うん・・・」


ひらめは窓を開け、カーテンを閉める。


「どうぞ」


「何もないね・・・」

「確かに・・・」


リビングキッチンには、ひらめが学生時代から使っている電子レンジと冷蔵庫、そして掃除機。

居間にはシングルベッドとギターが二本。そしてテレビ台とステレオだけ。洋服は押し入れの中、洗濯機はベランダにある。


部屋の中に荷物が少ない。


「思ってたより広いし・・・」

「そうね。リビングは六畳あるし、こっちは八畳くらい?」


「男の一人暮らしだから、散らかっているかと思ってた・・・」

「・・・」


真央の緊張感が広がり、お互いに普段のように話ができない。


「とりあえず、先にシャワー浴びてくる。好きにくつろいで」

「うん・・・」


ひらめはユニットバスでシャワーを浴び、いつも以上に念入りに身体を洗った。

大きく膨らんだ身体の中心を隠しながら、Tシャツ、ハーフパンツに着替える。


部屋に戻ると緊張感を隠しきれない真央が小さく見えた。


「真央さん、どうする?」

「シャワーは浴びたい・・・」


「うん。俺のTシャツとハーフパンツで良かったらパジャマにしてよ。バスタオルはこれ使っていいから」

「・・・」


「なに? どうした?」

「うんうん・・・。ひらめ、信じてるよ・・・」


真央は床に座りながらカバンを抱きしめ、見上げている。


ひらめは頭を拭きながら、真央を見下ろす。


(これで襲ったら悪者じゃん・・・)


「俺、クルマで寝るし、部屋は好きに使って良いよ・・・。一応、逃げる時は鍵だけ閉めて行って。ここにスペアキー置いとく。もしかしたら、真央さんの寝込みを襲う『ひらめ』って奴がいるかも知れないから、俺が出たらチェーンもかけて」


ひらめは、真央とあんなことやこんなことなんていうのを期待していた。

だけど「信じてる」なんて言われて、手を出せず逃げることしかできなかった。


タバコとケータイ、そして財布だけを持ち、濡れた髪のまま、愛車の待つ駐車場へ向かう。


駐車場の入り口で缶コーヒーを買い、愛車の横に座る。タバコを吸いながら後悔をする。


(無理矢理でも、やれば良かった・・・)


タバコの火を消し、空き缶を捨て、愛車の中に潜り込むと真央からケータイに着信があった。


「はい、ひらめ。どうした?」

「・・・」


「何か足りない? コンビニで買って行こうか?」

「・・・」


「どうした?」

「ありがと・・・」

「・・・」


「うん。おやすみ・・・」

「おやすみ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る