第二一話「仕事をして褒められても、嬉しくないから」

ひらめは仕事で忙しい日々を過ごす。


入社から三ヶ月が経ち、社会人としての生活にも慣れはじめた。

与えられた仕事も、悪戦苦闘あくせんくとうをしながらもどうにかこなせるようになってくる。


ひらめの能力が上がったというよりは、周りの人たちが、ひらめの能力を見極め、できるように指示を出してくれるようになってきた。


自分の能力を超えたプロジェクトリーダーという重責じゅうせきも、周りに助けられ順調に進む。


ひらめは、どんなに理不尽なことでも、淡々とこなす。目の前のことを片付けるのに精一杯で文句をいう暇もない。


そんな多忙な時期に同期会が開催された。


いつの間にか、上座と下座のメンバーが固定されてきた。


上座では「部長に褒められた」とか「こんな大変な仕事をしている」などと仕事自慢をする連中が集まっている。

バリバリ仕事を頑張り、会社に貢献をすることに命をかける企業戦士、ビジネスマン、仕事人間。


ひらめは『出世レース』にも興味がないし、会社からの評価なんて気にしておらず、クビにならない程度に仕事をすると決めていた。


本人は望んでいないのに、噂が噂を呼び『実は仕事ができる人』という本人が望まないレッテルを貼られていた。


そして、そんなひらめを嫉妬する人間がいることも、なんとなくは知っていた。


いつも通り、ひらめは下座で女子たちと和気あいあいと仕事に関係ない話で盛り上がる。


「神宮のチケット取れたの? あれって八月でしょ? 良いなあ。連れてってよ」

「いや、彼氏と行くから」

「あれっマナちゃん、俺に惚れてたんじゃ・・・」

「あははは。ないわ〜」


いつも通り、女子たちと盛り上がる。それをみて周りの男子たちは、ただただ笑っている。


(それで良いんだよ。ツラいことは忘れようぜ。思いっきり笑おう)


「ひらめさん。お疲れっ!」


いつもは上座から動かない奴が珍しく下座のひらめの目の前に移動をしてきた。


「うん。お疲れ」


ひらめは、面倒くさいと思いながらも対応をする。


「なんか、大変なプロジェクトを任されたらしいですね」

「大変かは知らんけど、やってるよ」


「上手く行きそうなんですか?」

「まあ、順調だよ」


「プロジェクトリーダーって大変ですよね?」

「そんなことはない。というか、こっちは仕事の話禁止。酒が不味まずくなる」


「なんか、冷たいっすね。仕事ができる男は違うっていうか・・・」


「・・・何、お前、喧嘩売ってんの?」


一瞬にして場が凍りつく。


ひらめは、状況を判断する。立っている相手、座っているひらめ。状況は不利だ。


(一発目は、もらうしかないな・・・)


男のメンツにかけて、売られた喧嘩は買わないと気が済まない。


ひらめは、絡みつくさやかの腕をそっと解く。いつでも飛びつける体勢を整える。


「ほらほら、からまない。席戻るよ〜」


ひらめが腰を浮かした瞬間、恭子が絡んできた男を上座に連れて行く。


「待てよっ! 表でろよ!」


興奮するひらめを、後ろから真央が羽交い締めにする。


「ひらめ、イライラしないっ!」

「だって、あいつが・・・」


「良いから、ねっ」

「だって・・・」


「恭子! ひらめを連れて出るから、あと、よろしく!!」

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