[2章2話-3]:わたしは研修生だもん
日が西に傾きかけた頃、茜音は里見と二人並んで庭のベンチに座っていた。
年少組は今日もプールに出かけたり、珠実園の庭で遊んだりしている。
もともとここは幼稚園だったそうで、園舎を改造して教室部分を個室や共同部屋にリフォームしているという。移転の時に屋外遊具はそのままにしてもらったそうだ。
健は未来との約束で二人でどこかに出かけてしまって不在だ。
「はぁ……」
「そんな気を落としちゃダメだって。健君は茜音ちゃん一筋なんだから。確かにあれじゃ誤解されても仕方ないけどさ」
「うん……、それは信じたいんだけどねぇ……」
茜音だってそう信じている。しかし、今日だけでもあれだけのものを見せられてしまっては、二人の間に何もないとは思えなかった。
「健君には言っておくよ。でもさ、普段の二人ってあんなにベタベタしてないんだけどなぁ」
里見に言われ、茜音はうつむいていた顔を上げた。
「ホントだよ。兄さんって言ってるのはいつも通りだけどさ、あんなに腕つかんだりはしない」
「へぇ……。どうしてなんだろぉ」
里見は変に忖度をするような性格ではない。昔からサバサバしてすっぱりと割れる竹のような真っ直ぐさが彼女の持ち味だったと覚えている。
彼女の言うとおりだとすると、なぜ急にあんな行動を取るようになったのかが気になる。
「多分ね、茜音ちゃんのことかなり意識してるからよ」
「そうなんですかぁ?」
「だってさ、今朝あたしが来たときに、みんな大騒ぎだったみたいだもん。今日も健ちゃんの『あの』彼女が来るってさ。未来ちゃんも年頃だしね、気になっても仕方ないかな」
そのあと、二人はしばらく話し込んでいる内に、外はだんだん暗くなってきている。
「きれいな夕焼けぇ」
年少組が帰ってこないうちに食卓の掃除を済ませる。
プールに行っていた組と、外出していた未来と健の二人が帰ってくる頃には、茜音と里見で夕食の支度もできあがっていた。
「それじゃ、お疲れさまでしたぁ。みんな、また明日ね」
みんなが食べ終え、片付けも終わったあと、茜音は玄関で振り返った。
「茜音ちゃん、そこまで送るよ」
「ひゅ~ひゅ~、健兄ちゃんいいぞぉ」
「黙れおまえらぁ」
冷やかされながら、二人は外に出る。
「はぁ、今日は星が見えるよぉ」
「すっかり暗くなっちゃってごめんね」
「ううん、平気だよぉ。菜都実のお店でやっているときはもっと遅いし……」
「そっか。それならいいんだけど」
「だって、これも夏休みの宿題だもん。ちゃんと評価してもらえるから大丈夫だよぉ」
そこで会話は途切れる。
「今日は、ごめん……。茜音ちゃんがいるのに……」
「ううん。いいのぉ。だって、今のわたしはただの研修生だもん。珠実園のみんなの生活は普通にしていてもらわないと、邪魔しちゃいけないから」
彼がいないことは寂しいが、これは学校の授業の一環だ。私用でならもう少しわがままも言えるかもしれないけれど、そうもいかない。
「あのさ、明後日の木曜日なんだけど、珠実園のお泊まり旅行なんだ。茜音ちゃんも来られる? もちろん、残る子もいるから参加できるかは自由だよ。来られなくてもちゃんと日数はカウントしてもらうから」
「そっかぁ」
泊まりのスケジュールを聞いて、しばらく考えていた茜音。
「うん、分かった。一緒に行くよ。あと、菜都実と佳織も一緒でいい?」
「了解。みんなに伝えておくよ」
すぐそこまでのはずが、いつの間にか二人は駅前に到着していた。
「送ってくれてありがとぉ。それじゃぁ、明日は午後から行っても平気? 明後日は早いと思うから、明日はあそこで泊まるよぉ」
「じゃぁ、どっか部屋を空けておくから、気をつけて帰るんだよ」
「うん、分かった。おやすみ健ちゃん。送ってくれてうれしかったよぉ」
最後に茜音は笑顔で手を振り改札の中に消えていった。
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