第26話 『金恋花の盾』


「よーし、復ッ活ーーー!!」

「いやーお待たせ。もう体調は万全だよ」


 しばらく休憩した事で無事に回復したリベラとエルン。

 特に消耗の酷かった二人は、十分な休息が取れた事でいつも通りの振る舞いに戻って居た。


 荷物を纏め、既に現れていた扉に向かい歩を進める。


「もしかしたら、この先が遺跡の最深部かも知れない……。気を引き締めて行こう」

「分かった!!」「うん」「はい」


 そっと扉に手を掛け慎重に押し開ける。

 そしてゆっくりと扉を潜って行くと、視界が眩い光に包まれていく。


「ま、眩しい……!!」

「でも罠ではなさそうだよ。足元に気を付けて進んで行こう」


 目が眩むほどの光が放たれるその場所を慎重に、はぐれない様に手を繋ぎ合わせて進んで行く。

 少しじれったくなるような進行速度だが、それでも一歩一歩確実に進んで行く内に足に何かが触れる様な感触を覚えた。


「あ、これって……」

「金色の、花? もしかして、最初の場所に戻ったのでしょうか?」


 僕達の足元だけじゃない。

 地面全体を埋め尽くす様に咲いていたのはいつか見た金色の花。


 以前見た時と同じ……いや、それ以上の輝きを放ちながら穏やかな風に揺られる花達の中心で、一つの人影が僕達を見ていた。


「まさか、また敵さんかな?」

「ううん……違う。あの子だ」

「リベラ?」


 ぼーっと熱に浮かされた様にその人影を見つめるリベラ。

 その様子を気にしつつゆっくりとその人物に近付いて行くと、次第に鮮明な姿が見えて来た。


 リベラと同じくらいの背丈に、短く綺麗に整った薄桃色の髪の少女。

 腰に下げている剣に籠手や胸当てを装備している様子から、彼女が騎士なのだと判断出来る。

 僕達の到着を待っていた様に微笑む彼女からは敵対する意思が感じられない。


 そのまま近付き、僕達と彼女は向かい合う様にして花畑の中心で顔を突き合わせる。


「うわ……この子凄く可愛いね」

「エルン……?」

「あ、いや、勿論私はレナちゃんが一番だよ!?」


 エルンが目の前の少女に見惚れている所をレナに威圧されている。

 そんな彼女たちを尻目にリベラは一人、彼女と見つめ合って動かない。


 その様子を見て心配になるが、もう少しだけ様子を見る。

 ほんの少しして、ふとリベラの方から目の前の少女に声を掛け始めた。


「こんにちは、フィリルちゃん。このお花畑って貴方の故郷の?」


 そう問いかける彼女に、フィリルと呼ばれた少女はコクリと頷く。

 驚く事にリベラは彼女の名前を知っている様だ。


 彼女の反応を見たリベラはそのまま話し続ける。


「そっか……凄く綺麗だね。実は私達の家の周りにもお花が一杯咲いてるんだ。このお花とはちょっと種類が違うけど、小さくてとっても可愛いんだよ」

『―――!』


 リベラの話を聞いてフィリルは嬉しそうな表情をする。

 どうやら彼女も花が好きなようで、リベラの話題に食いついてきたようだ。


 ……その辺りで何となくわかったのが、僕達から彼女は見えていてもフィリルからはリベラ以外の僕達が見えていないと言う事だ。


 一方的に無視されているのかとも思ったがそんな様子も無く、彼女の声に関しては僕達も聞こえずリベラだけに聞こえている辺り、彼女にだけは通ずる何かがあるのだろうか。


 意気投合したのか、二人はしばらく会話に花を咲かせている。


「……二人共、凄く喋り込んでますね」

「本当にね。あー、フィリルちゃんの声、私も聞きたかったなぁ……。個人的にかなーり可愛い声をしてると思うんだけどなー」


 二人の会話の内容―――と言っても僕達が聞き取れるのはリベラの声だけだが―――は故郷に咲く花の話題から始まり、自分達の職業や身近な人物の話に発展していた。


 そこから聞き取れた事を大まかに纏めると、フィリルはレアン王国の最南端であるアイシー村出身の騎士であり、年齢は僕達と同じ十五歳。その若さでありながら実力を見込まれ、王国最高峰の騎士達の一人、『四元騎士』として日々国の為に戦っているとの事だ。


(レアン王国最南端のアイシー村? 王国の南側にそんな名前の村は無かったはずだけど……)


 レアン王国自体はこの大陸にも存在する。

 ギルド本部の北側に位置する、ギルド長のアースさんの故郷が件のレアン王国であったはずだ。


 だが、アイシー村と言う地名に聞き覚えは無い。

 もしかすると年代の違いで村そのものが無くなってしまった場合があるが……。


 四元騎士とやらについては僕も知らない情報なので、この遺跡から戻り次第ギルド長に確認を取った方が良いだろう。


 そうしてしばらく二人の会話を聞いていると、ふとフィリルが地面にしゃがみ込み、そこから大量の花束を生成する。

 それを持って立ち上がった彼女は、その花束を目の前のリベラへと手渡す。


「え、わ……。これ、フィリルちゃんの大切な物でしょ? 私が預かってても良いの?」


 リベラが驚きながら尋ねると、彼女は微笑みながら頷いた。


「……分かった。大事に守っておくね」


 それを見たリベラはぎゅっと花束を抱えながら答える。

 花束は独特な形状をしており、どういう原理かリベラが胸に抱き寄せても形一つ変える事無く眩い輝きを放っている。


(いや違う、花束じゃない。この花達は一つの盾として形成されている……!?)


 不思議な特徴を持つ花束。薄っすらと反りを作った丸い花達は、その美しい円形も相まってまるで盾の様に見える。

 花で作られた盾と言う摩訶不思議な物を目の当たりにしつつも、今度は目の前の少女が次第に消えかけている事に気が付いた。


「フィリルさん!?」

「大丈夫だよお兄ちゃん。フィリルちゃんはちょっと長い眠りに付くだけみたい」


 そう答えるリベラの様子はとても落ち着いていて、今までよりも少し成長して居る様に見えた。


「……お休み、フィリルちゃん」


 優しく呟いたリベラに応えてか、消えていく最後の瞬間、彼女の口元が僅かに動いた。

 その表情はとても柔らかで、まるでいい夢を見ているかの様な笑顔だった。




 ―――そんな彼女の消滅と共に、金華の園も眩く輝き始めた。




「うわ、これって!?」

「最初にこの場所に迷い込んだ時と同じ……!!」


 初めにこの場所へ転移した時と似た光景が僕達の目の前で再現される。

 黄金に輝く光は徐々にその輝きを増して行き、僕達は全員その光の中へと呑まれていった。

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