第8話 小隊結成

「いやー、一時はどうなる事かと思ったけど、何とかなったね」

「あんなに走ったのは生まれて初めてです……」


 遺跡から出る時も案の定魔物に追いかけ回された僕達は、身体の至る所に泥をぶつけられながらも何とか遺跡を脱出する事が出来た。

 魔物の糞も混じって居たのか、服にこびりついた泥からは異臭が漂っていたが、幸いレナの魔術で浄化出来る範囲内だったらしく、不快な臭いごと泥を洗い流して貰った。


「あの箱に入ってた物はまだリベラが持ってるんだっけ?」

「うん。ちゃんとあるよ」


 僕の言葉に反応したリベラが、纏めて鞄の中に入れておいた木の実や貝殻を取り出す。走って逃げていた為結構な衝撃があったはずだが、中身は全て無傷のまま。

 割れていないか心配していたが、想像以上に頑丈な様だ。


「ただの木の実とかにしては凄く頑丈だね。何が入ってるのかな?」


 リベラが木の実同士を軽くぶつけ合うとコツコツ、と小気味良い音が鳴る。

 確かに気なるが、どんな物であれ遺跡から入手した物は一度ギルドに渡して鑑定して貰わなければならない。


「そこまでにしておこう。ギルドに行けば直ぐに分かるだろうしね」

「うん、それもそうだね」


 彼女が鞄にしまうのを待って、僕達はギルドへの帰り道を歩き始めた。




「おかえりなさい。ご無事で何よりです」


 ギルドの受付へ顔を出すと、見慣れた受付嬢が顔を出す。

 僕達はそれぞれのネームプレートと例の木の実などを取り出し、受付嬢へと渡す。


「ありがとうございます。鑑定が終わり次第、報酬をお渡ししますのでしばらくお待ち下ださいね」


 物を受け取った受付嬢は、大して気にした様子も無く担当のギルド職員に受け渡す。

 てっきりそこらで拾った物を提出したと思われるかと思って居たが、それは考えすぎの様だった。そもそもギルドに対してこの大陸由来の物を出したら直ぐにバレるだろうから、杞憂になりそうだ。


 取り敢えず鑑定の結果ぎ出るまでの間、待合席に腰を下ろす。


「みんなお疲れ様。今、受付に提出して来たよ」

「お、ありがとうリオン君。いやー、それにしても疲れたね」


 成り行きで共に遺跡を攻略した二人も同じ机を囲み、四人で今日の冒険を振り返る。


「最初、エルンちゃんが沼に嵌ってた時は何事かと思ったよ。所であの時レナちゃん何か言われてなかった? 好きだー、みたいな事言われてたと思うんだけど」

「き、気のせいだと思います……」


 リベラの唐突な問いを、レナは頬を赤らめながら否定する。

 あの時、僕より後ろに居たリベラはきちんと聞こえていなかった様だが、彼女の恥ずかし気な反応を見る限り、あの時の二人が痴話喧嘩の様な会話をしていたのは黙っていた方が賢明だろう。


「あ、聞こえちゃってた? いやー、恥ずかしいなぁ。私のレナちゃんに対する熱い想いがバレちゃってたなんて」


 ……などと考えている間に、張本人がバラしてしまっていた。

 僕の配慮は完全に無駄になり、レナは頬だけでなく顔中を真っ赤にしながらエルンの方を向く。

 恐らく睨んでるつもりなのだろうけど、顔の惨状も相まって全く凄みを感じない。


「エルンはいっつもそうやって私を揶揄って……」

「揶揄ってるつもりは無いんだけどね。私はいつだってレナちゃんの事を考えてるよ」

「……わ、私も、いつもエルンの事を考えてるわ」


「うわぁお。この二人凄いね、お兄ちゃん」

「うん。世界は広いんだね」


 完全に二人の世界から弾かれた僕達は、取り敢えず喉を潤す為に今日の朝漬けて置いた果実水を飲む。果実の甘味がしっかりと水に溶け込んでいてとても美味しい……のだが、何故か今は甘い物よりも苦い物を口に入れたい気分になっていた。


「あ、そうだ。もし二人が良ければ、私達と小隊パーティを組まない? 一緒に探索してみて、二人となら楽しくやれそうだと思うんだよね」


 二人の世界から帰って来たエルンが、唐突にそんな提案をする。


 小隊とは、四~六人程の探索者達の集団の事を指す。

 隊長と小隊名を決めてギルドへと申請する事で結成が出来る。


 小隊として活動する事による利点はそこまで多い訳では無いが、個人で活動するよりも危険を分散出来るため小隊を組む探索者の数は多い。また、小隊として遺跡探索を成功させるにつれて名が広まり、ちょっとした有名人気分を味わえる事も人によっては十分魅力的に思えるだろう。


「レナちゃんは良いの?」

「はい。お二人……いえ、リベラちゃんが居ればエルンも多少は常識的になりそうですしね」

「え、どうして私?」


 名指しで呼ばれたリベラは分かって居ない様だが、エルンは割と常識的な所がある。

 それこそ、僕の隣で何故? と首を傾げている彼女よりもだ。


 リベラが居れば必然的にエルンは常識人こちら側にならざるを得ないと言うのがレナの考えだろう。


 僕も少しの間だったが二人と共に探索をして助けられた事も多く、一緒に居て楽しかったと言う気持ちが確かにある。それはリベラも一緒だった様で、一旦分からない問題を脇に置いた彼女は、小隊の件については大きく首を縦に振って了承する。


「その話、喜んで受けるよ。二人共、これからよろしくね」

「二人と一緒ならもっと探索が面白くなるね!!」


 そうして四人で小隊を組む事となった僕達。

 丁度そこで受付嬢から遺跡から持ち帰った品の鑑定が終了した事を告げられる。


「お待たせしました。これが今回貴方達に渡される事となった報酬です」

「ありがとうござ……え? 何ですかこの量」


 受付に向かった僕の前に現れたのは、大量の硬貨が詰まった袋。金額を数えてみると、四人で山分けしたとしても一人が貰える額だけで三十日分の宿代が賄える計算だ。


「こちらは遺跡からの回収物をギルドで買い取らせて頂いた場合の金額となります。回収物をお持ち帰りになる際は、大分少なくなってしまいますが……いかがいたしますか?」

「ちょっと待っててください」


 流石にこれを一人で決めるのはどうかと思い、三人の方を向く。

 振り返った先には、受付に置かれた金額に目が眩んだ欲深い人間の姿があった。


「……是非買い取って下さい」

「かしこまりました。それではこちらをお受け取り下さい」


 ちなみに、もれなく僕もそちら側の人間だった。




「それでは、遺跡攻略兼小隊結成記念という事で~、乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」


 その日の夜、僕達はエルンの奢りでギルド街の一角にあるお店で食事をしていた。

 あの後、小隊結成の書類を記入しギルドへと提出した僕達は晴れて一つの小隊として活動する事を認められた。


 そして受け取った報酬金を四人で分けている途中、エルンが遺跡での一件を思い出して僕達に夕飯をご馳走すると言い出したのだ。

 僕もリベラも遺跡で助けた事をわざわざ気にする事は無いと伝えたのだが、そうすると今度は今回の報酬金を全額差し出すと言い始めた為に僕達の方が折れた形だ。


 僕達が折れたのを見て、彼女は『受けた恩を返せない様な人間と思われちゃ、育ててくれた人たちに顔向け出来ないしね~』と、少しおどけながら口にしていた。

 やはり彼女の素はとても真面目な性格をしているのだろう。


 新たに探索を共にする友人達との食事を楽しみながら、僕はこれからの小隊としての活動に思いを馳せるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る