第52話
「ほう、我が配下を退けるか。骨のある者もいるようだな。だが我が狙いは貴様らではない!」
「ヒーローが……! 救護班! 立て続けで悪いが急いで負傷したヒーローを救助だ! 急げ!」
「アデル! そのままお前が指揮を取れ! 俺たちはあいつを足止めする!」
二人の叫びが周囲に響き渡る。
唖然としていた警官たちはそれにつられるように、少しずつ動き始めた。
「ふん、雑魚なぞどうでもいい。運びたければ運べ。貴様らも下がるがいい……我が獲物はただ一人」
「へぇ、私達は眼中にないってこと?」
「その通りだ角を持つ小娘よ」
ナコトの問いに自称大魔王は尊大に答える。
再び小娘呼ばわりされたことで額に青筋を浮かべるナコトだったが、アバーラインに肩をつかまれて落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、誰がお望みなのかな?」
「ふっ、決まっておろう。我を打倒せしめた神よ!」
「………………」
その言葉に、静寂が走った。
首をかしげるナコトとルルイエ。
あちゃーと額を抑えるアバーライン。
いぶかし気に目を細めるアデル。
「あの……さ、すっごく言いにくいんだが……」
一団を代表してアデルがおずおずと手を挙げる。
「なんだジルを退けし者よ」
「あんたを倒したの、神じゃないぞ」
「なん……だと……?」
自称大魔王の口が、顎が外れんばかりに開く。
「な、ならばあれは何だというのだ! あの膨大な水を操り、我らの最終奥義まで無傷で耐えきって見せたあの娘は!」
「えっとだな……この世界、カオスは邪神様たちが仕切ってるのは知ってるよな」
「知らぬ!」
「あ、はい仕切ってるんです。そんで一部の邪神は所帯を持っていてな? その家庭に生まれた子の一人が、なんて言えばいいのかな……」
少し考え込むようなそぶりを見せて数秒、アデルが再び口を開く。
「俺達はそういった者達を総じて亜神とよんでるんだけど、簡単に言うと半分だけ神様っていう存在があんたを倒した娘っ子ってわけで……」
「つ、つまり……我は邪神の娘に負けたという事か?」
「うん、ちなみに本物の邪神様はあれよりもヤバい」
「なんと……ふ、ふはははは! 我らが魔神様が言っていた井の中の蛙とはこのことだったか! だがよい! 我が目指す高みはまだはるか先! ならばそこまでたどり着くだけの事よ!」
「……向上心があるのはいいけどさ、だれでも成長の限界ってあるんだよ?」
冷めきった眼でナコトがつぶやく。
しかし、それがどうしたと言わんばかりに自称大魔王は快活に笑って見せた。
「くはははは! 我とて以前の我ではないわ! 魔神様より血を賜ったこの身、無限の強さを得られる不死の存在となったのだ!」
「なっ!」
その言葉に反応を示したのはアデルだった。
魔神の血を賜った、つまりは神から恩恵を受けたという事である。
それが意味するは以前の比ではないほどの戦闘力を得ているという事実。
また不死となったという言葉が誇張でなければ、無限に強くなれるという言葉も嘘ではなくなる。
事実、カオスに存在する極少数の不死の種族。
更にはその中の一握りだが下位の邪神にも匹敵、あるいは凌駕するほどの力を持つ者もいる。
そこから導き出される答えは……。
「支給本部へ伝達! 外来神話級特異災害警報発令! あの男をこのまま放置しておくとカオスそのものが壊れかねないぞ!」
世界の破滅。
無限に強くなり続ける存在が神に敵意を持っている、その事実だけでも危険性は計り知れない。
故に、カオスにおいてその手の事象が発生した場合特例で全種族全人類が総力を挙げて排除、あるいは封印を施すために捕獲にあたるのだ。
今回の場合は外界由来の事象のため、カオス内部のみで完結する事象とは規模が異なる。
先述のカオス内に存在する邪神を凌駕する者は例外なく封印措置が施され、またその封印の対価として地位や名誉、あるいは資産などを与えられている。
ある種の国宝扱いとなるのだ。
これは邪神や、それに匹敵する存在が珍しくないカオスだからこそできる事であるが、自称大魔王の場合は話が異なる。
もとよりこの世界に来た目的の一つが打倒神である。
つまりは、最初から最後まで狙いは邪神の命。
そして生まれながらに生まれた世界で最強格の存在だった男、全てが自分の思うままだった者に対して説得などできるべくもない。
「ふむ……? その特異なんたら、というのはよくわからぬが……貴様らは我と事を構えるつもりと見てよいのだな?」
「チッ……」
小さくアデルが舌打ちをする。
少なくともこの場に集められたヒーローでは歯が立たなかった。
警官たちも、ヒーローと同程度だろう。
如何せん、この場に集められたヒーローというのは前回の事件から算出した自称大魔王の戦闘力から見てCランク。
中級の戦闘力しか持たない者達だ。
それは鍛え上げた獣人や、特別な力を得た人間、魔術に精通したエルフなどにとっての基準レベルである。
それ以上の、B級やA級といった努力だけではたどり着けない強さを持つ者達。
またS級といった才能を持った上で血の滲むような努力を積み重ねてきた者達は学園世界のような戦う術を持たない者が多く集う場所や、リゾート世界……桃源郷のような世界の要人達が足を運ぶような世界の護衛に回されてしまっている。
それらを呼び戻す事など転移門を抑えられている今、許可が下りないだろうという事は目に見えていた。
加えて今の自分の状況。
無傷と言って差し支えのないナコト、ルルイエ、アバーラインの三人。
彼らが周囲の状況を考えずに本気を出せば、おそらくは自称大魔王の抹殺は容易だが三人の性質上この場に集まった警官やヒーローを守りながらの戦闘になるだろう。
ともすればアデル自身も足手纏いである。
そう考えた瞬間、アデルの額に衝撃が走った。
「アデルちゃんはね、難しく考えすぎなんだよ」
「っ! ったー! ぁっー! ふんぬぁー!」
額を抑えてのたうち回るアデル。
その数m前方ではデコピンを放ったナコト、ただのデコピンで人を吹き飛ばすことも大概だがその衝撃を受け切ったアデルの身体も大概である。
「どうせ自分が足手纏いだとかなんだとか、そんな事でも考えてたんだろ」
ゴキゴキと関節を鳴らすアバーライン。
上着を脱ぎ棄ててシャツの袖をまくり上げ、ネクタイを外していつでも戦えると全身で表している。
「神の血を得たと言ってもまだまだ素人さん、私ら三人の前じゃ雑魚同然ってね」
煙草に火をつけながら、12の羽根を展開して両手に魔術で生み出した炎を構えるルルイエ。
「ふむ、前哨戦と言ったところか……よかろう、貴様らの全力とやらを見せてみるがいい!」
この場における最大戦力であろう三人を前にして、今だ不遜な態度を取り続ける自称大魔王。
特に身構える様子もなく、しかしまとう空気が先ほどまでのそれと一変する。
そして高らかに名乗りを……。
「さあ、かかってくるがいい! 我はオリュンピアを制する大魔王! マドリぶふぅ!」
上げられなかった。
転移門の屋上から飛来した人物の膝が言葉を遮る。
その人物は怒気を全身に纏い、気迫で髪の毛は逆立ち、揺れる肩からはオーラのようなものまで幻視できる。
「あー……あちゃー」
「なんというタイミング」
「……総員退避! いそげー!」
「あ、本部? こちら現場のアデルっす……現場判断で撤退開始します。特異災害? もっとヤバいの来たんで……うす」
先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、一瞬で空気が弛緩した。
頬を抑えてうずくまる自称大魔王、ネクタイを締めなおして上着を羽織り警官たちに指揮を飛ばし始めるアバーライン。
無線を借りて本部と連絡を取りつけるアデル、ケラケラと笑い転げるナコト。
冷や汗を垂らしながら煙草を落とすルルイエ。
そして……。
「あんたがぁ……! あんたが騒ぎを起こした! レジェントオブデストロイのイベント! デストロイもガーディアンも! このヒーロールビーモリアーティが成敗して! く……れ? るぅ……」
馬鹿一名、もとい腹部を抑えてうずくまるクリス。
「はいはい落ち着いてクリスちゃん、あんな所から飛び降りたらそりゃ痛むって」
「う……うぅ……ナコトさぁん……デ、デストロイがぁ……」
「あー……うん、えっとねぇ……任せたアバーライン!」
「は!? 俺!? えーと……なんだ? アデル! 若いもん同士だろ!」
「ふぁっ? いや何が何だか……ルルイエさんパス」
「え? やだよ」
「ちょっ! え、えーと……クリスちゃん? 詳しく聞いても?」
なぜか最終的に押し付けられることになったアデルが優し気にクリスに話しかける。
その間ナコトはクリスの腰をさすり続け、煙草を楽しんでいたルルイエは臭いが気になると言っていたナコトの言葉を思い出してか離れた場所に。
アバーラインはこれ以上の面倒ごとはごめんだと素知らぬ顔で現場に残った警官たちを避難させ始めた。
「今日……映画のレジェンドオブデストロイの試写会で……そこに元S級ヒーローのデストロイとガーディアンが来るはずだったんです……ぐすっ。でも、事件が起こって……それが原因で来られなくなったって……ずびっ」
その言葉にアバーラインはピクリと肩を震わせ、ナコトはそっと目をそらした。
「だからスマホでニュースと見ながら……あちこちの監視カメラハッキングして……そしたらここで騒ぎがあって……ナコトさんたちがいたから……とりあえずヒーローらしく……でも……おなか痛い……」
半べそをかきながら、息も絶え絶えと言った様子でどうにか用件を伝え終えたクリスは浅く早い呼吸を繰り返す。
顔色から察するに着地の衝撃、というよりはその衝撃によって増幅された不調由来の痛みがかなり響いている様子だ。
「クリスちゃんお水飮みな? もしあれならお薬貰ってきたんでしょ? ……というかちゃんと病院行ったんだよね」
「行き……ましたぁ……」
「ふーん……まぁいいや、詳しくは後で聞くから。で、大丈夫?」
「だい……じょうぶです!」
痛みが治まったのか、どうにかこうにか立ち上がったクリスは鞄を下ろして拳を構える。
それに相対するように、こちらもいつの間にか立ち上がってポーズを決めていた自称大魔王がのどから笑い声を響かせた。
「くくく……くははははは! 久しいな小娘! この力をぶつけようと思っていた相手に、こうして相まみえるとはなんという僥倖! 存分に舞い踊ろうぞ!」
自称大魔王の先制攻撃、まるで何かを試すかのように火球魔術を数発クリスに向かって放つ。
クリスはそれを難なく躱すし、ナコト達も大きく飛び退いて避ける。
だが火球は空中で方向を変えてクリスの背後から襲い掛かる。
「誰があんたなんかと踊るかってんですよ! こちとらいろいろ辛いんでさっさと終わらせて帰って寝たいんです!」
襲い来る火球、それを見るまでもないと言わんばかりに水で作った、しかし普段のそれと比べるとかなり薄い壁で遮り、相殺させる。
お返しと言わんばかりに水で剣を模り凍らせ、それをまとめて投擲する。
「ふっ、つれないことを言うでないわ」
その程度、と全て空中で叩き落としていく自称大魔王。
「やーでーすー」
一進一退の攻防が続く中で、しかし二人のやり取りは……控えめに言っても幼い子供の喧嘩と相違ない。
それを見ながらナコトとルルイエは流れ弾が警官たちに当たらないようにクリスの背後を固めながら見守る。
「ナコトさん、あれほっといていいんすか?」
「いいんじゃない? クリスちゃんはアレに恨みがある、アレはクリスちゃんを倒したい。ほら意見一致」
「はぁ……まぁこれがチャラにならないならいいんですけどね」
二人の勝負を見守るルルイエが懐から取り出したのはアバーラインから受け取った小切手である。
仕事はこなしているのでそれを受け取る権利は間違いなくある、のだが態度のせいでだいなしである。
「あ、ほらクリスちゃんが決めにかかるみたいだよ」
「お? おぉ、ほんとだ」
すでに半ば観客になっている二人は地面に転がる缶ジュースを飲みながらそれを眺める。
と、同時に二人の持っていた缶から中身がクリスに吸い寄せられていった。
「これで終わらせます……【バリツ71式:突撃(パイル)杭(バンカー)】!」
「くはは! やってみせよ!」
まだら模様が不安定に揺らめくそれを、ガードもせずに腹部で受け止める自称大魔王。
一瞬の間もおかずクリスの足を氷が固定し、弾ける様に水の杭が叩き込まれた。
「はぁ……はぁ……」
「やったか!」
肩で息をするクリス、突撃(パイル)杭(バンカー)は威力もあるが反動がある技であり今のコンディションで使えば相当な負担となる。
それを見越してとどめにと考えたクリスだったがルルイエが無意味にフラグを立てた。
そして、たいていの場合その手のフラグは回収される物でありナコトのジト目がルルイエに突き刺さる。
「ふ、ふはははは! 素晴らしい! 素晴らしい威力だったぞ小娘! だが勝ったのは我だ! この大魔王マドリーゴこそが勝者だ!」
「くっ……」
「しかし……解せぬな。貴様不調を抱えたまま我と対峙するとは……」
「へんっ、この程度……っ」
「興覚めだ、今の貴様を打ち倒したところで何の自慢にもならぬ。日を改めてやろうではないか」
「な……に……?」
「万全ではない貴様との戦いにも飽いた。いずれ決着をつけようではないか……むろん我が配下はいずれ取り戻させてもらうがな」
クリスの不調を見抜き、それではつまらないと立ち去らんとする自称大魔王。
しかし背を向けた瞬間、腰に衝撃を受けた事で足を止める。
「余裕だ、って……言ってん、ですよ!」
二発目の突撃(パイル)杭(バンカー)、それを受けた自称大魔王は……ピクリとも動くことはなかった。
対して攻撃を放ったクリスが口元と腹部を抑えてうずくまる。
「ふっ……なるほど、戦場で敵に情けをかけるは無礼だったな。この失礼は……」
キラキラとした光が自称大魔王の手に集まる。
それは徐々に剣の形を取り始め、そして金属質なそれが生まれた。
「我が新たに得た力! 具現化の権能でとどめを刺すことで詫びるとしよう!」
クリスの首めがけた一閃。
邪神の娘、亜神といえども致命傷となるであろう一撃。
とっさに走り出しそうとするアバーライン。
札を手に妨害しようとするアデル。
魔術を行使しようとするルルイエ。
当たり前のように見つめるナコト。
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