第26話

「し……死ぬかと思いました……」


「大げさだなぁ、クリスは。あの程度で亜神が死ぬわけないじゃん」


「心理的に殺されるかと思いました、と言いなおします……ルルイエさんの運転は二度とごめんです……」


「そんなに酷かったですかね、ナコトさん?」


「スリリングで楽しかったよ?」


 駄目だこの二人、次元の違う所に住んでいる。

 そう頭を抱えて、いまだに狂ったままの三半規管を無視して顔を見上げる。


「で、そんなスリリングなドライブの末に行き着いたのがこれですか……」


 三人の眼前には見事な屋敷が立っていた。

 多少、壁に傷みがあり庭が荒れているだけで話に聞いていたほどひどい様子ではない。

 たしかに一部硝子が割られたらしく、補修の跡が見受けられる程度だろうか。

 加えて門には『KEEP OUT』と書かれたテープが張られている。


「んー言う程、ではあるが……どう見る、クリス」


「そうですねぇ……なんかあるのは間違いないです」


 ルルイエの問いに対して、クリスは懐から取り出した水入りのボトルを逆さまにして地面を濡らしている。

 地面に垂らされた水はすぐさま意思を持ったかのように形を変え、屋敷の中へと入ろうとするが、門を少しばかり超えたところでバシャリと形を崩した。


「この通り、権能に制限がかかっています。さっきから中の様子を探ろうとしているんですけどさっぱりで……」


「それ今回クリスは役に立たないってことでいいかな?」


「いえ」


 再びの問いにクリスは門を押し開けて、『KEEP OUT』のテープをくぐり先程権能を解除されて地面に散った水に触れる。

 そして同時に水はクリスの腕に巻き付くように、さながら蛇のごとくクリスの腕を覆っていた。


「手の届く範囲、それに加えて数mくらいなら権能は使えます。ただ大巨人みたいなのは無理ですね」


「なるほどね……ナコトさんは大丈夫ですか?」


「うーん、どうだろ」


 さて、ルルイエは一つ忘れていることがある。

 珍しく酒が入っていないせいだろうか。

 それとも慣れない運転で、まだ意識が普段のそれに戻っていないのか。

 そんな問いをナコトにぶつければどうなるかを失念していた。


「んーほいっ」


 バキンッという音が周囲にこだました。

 音の発生源はナコトの手元、そして先程クリスが押し開けた門。

 ナコトの小さな手に握られるは、門に使われていた鉄の棒。

 息をするように破壊に勤しむ女は、ここに来ても滅茶苦茶な事をし始めるのだった。


「大丈夫っぽいね」


「……ナコトさん、それポイしましょう。私達が来た時には壊れていた。OK?」


「おーけー」


 カランっと音を立てて地面に転がった鉄棒。

 明らかに経年劣化ではない、誰かが物理的に壊したとしか言えない様子のそれに土をかけて偽装を施したルルイエは、煙草に火をつけて一息つく。


「しっかし……どうするかな……勝手に侵入したらばれるだろうし」


 窓を見ながらルルイエは煙を吸い込む。

 全ての窓に何かしらの手が加えられているのだ。

 例えば鉄柵が設けられていたり、1階の硝子の中には鉄条網が埋め込まれていたりとセキュリティ面は万全ともいえる。

 加えて、依頼人曰く過去何人もの不法侵入者がいたというのだからセキュリティ会社と提携してアラームなどが仕掛けられている可能性も高い。

 であるならば、依頼人のラビィが来るのを待って鍵を開けてもらうのが得策ではあるが……。


「あれ、いまいち信用できないんだよな……なーんか魔術の気配するし」

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