第25話 熱を帯びて

 今日は快晴。雲一つない空は青々と広がっている。

 気持ちのいい天気だ、って言いたいところだがそうはいかない。

 季節は真夏。照りつける太陽に、耳に響く蝉の鳴き声。いやもう、暑い、この一言に尽きる。

 外にいるだけで体力を奪われていく。


 普段はクーラーの効いた涼しい部屋でペンを動かしている僕だが、今は外にいる。

 持ってきた飲み物を飲み干し、タオルで汗を拭う。


「・・・こんな中で走るのかー」


 今日は瀬戸さんの大会の日だ。応援しにきて欲しいと頼まれたので、是非にと答えた。

 なので、僕は1人で競技場に足を運んでいた。


 競技場には多くの学校の人たちがいた。まぁ、当たり前だ、大会なのだから。

 しかし僕は、ここまで人数が多いものかと少し驚いている。こういった場所に来るのははじめてなので、雰囲気も新鮮でなんだか少しワクワクしてくる。


 瀬戸さんに挨拶をしたい気持ちはあるが、試合前の貴重な時間を邪魔するのはどうなのか?とも思ったりする。

 これってどっちが正解なんだろうか?


「あ、空くん!来てくれたんだね」


 なんて悩んでいると後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこには練習着に身を包んだ瀬戸さんが立っていた。


「あ、瀬戸さん、こんにちは」

「あはは、こんにちはー」


 ニコニコと笑顔で挨拶を返す瀬戸さん。見た感じ緊張している様子はない。

 試合前なのにすごいなと感心してしまう。


「瀬戸さん、なんだか余裕を感じる気がする」

「え、そうかなー、少しは緊張してるよ?空くんが応援に来てくれたから、いいところ見せたいし」

「そっか、なら僕も頑張って応援しなきゃだね」

「ふふ、じゃあ頑張れちゃうね。よし、私、もう少し走ってくる!」


 ああ、そうか。今の時間は試合前の大切なアップの時間だ。

 引き止めて体を冷やさせても悪い。


「瀬戸さん、頑張って!」

「うん、ありがとう」


 瀬戸さんはそのまま手を振って走っていってしまった。

 僕はその姿を見送りながら、彼女の事をやはりすごいと思ってしまう。


 瀬戸さんの楽しそうな走る姿、この暑さの中でも元気な様子に、僕は尊敬を抱かないではいられなくなる。

 さっきまで暑さでやられていた僕に元気まで届けてくれた。やっぱり彼女はすごい人だと思った。

 それと同時に、僕には応援くらいしかできないけれど、せめてそれくらいは頑張ろうと思ったんだ。



 そのまま僕は応援できる席へと向かう。多くの学校の陸上部員たちがいる中、空いている席を見つけ座る。

 日差しが照り付けているせいか少し暑い。まぁ、なんとかなるだろう。


 目の前にはトラックが広がり、そこを走っている人たちがいる。そして、周りで応援の声が聞こえる。

 僕には陸上の知識もないから、見方が速いなぁくらいにしかならない。


 陸上競技はわかりやすいと思う。単純に早くゴールした人の勝ちのルールだ。

 小さい頃からかけっこがあったように、小さい子たちでもわかるのだ。


 練習でもとにかく走るのだろうか?細かく分析するのだろうか?いや、どちらにせよ走るのが好きでなければ、ここまで続かないのではないだろうか?

 目の前で走っている人たちは、それをやってきた人達だ。

 だからこそすごいと感じてしまう。僕は運動が嫌いだから、より感じてしまう。


 そんな事を考えていると瀬戸さんの番がきた。彼女は400メートルに出るらしい。

 このトラックを一周する短距離種目。僕はゴールに近い位置にいるので、最後の方に声が届きそうだ。


 スタートが始まったら、応援は好きにして良さそうだ。好きに声を出せる。

 1人で見ているので、大きな声を出すのは少し気恥ずかしいが、応援だ。恥ずかしい事なんてあるものか。

 自分で言っていて、よく分からなくなってきたが、まぁ大声で届けようと思う。


 選手が並び、緊張した空気感が漂う。スタート前の緊張というか、なんか失敗できない感じ。


 オンユアマークの掛け声が響き、パンと音が鳴る。

 そして、選手たちは動き出す。それと同時に爆発的に応援の声が上がってくる。ドンッと空気が揺れる感覚がする。


 僕はその熱に押されてしまう。が、すぐさま声を出す。


「瀬戸さんーがんばれー」


 応援の言葉なんてありきたりなものだ。

 僕が出せる言葉はこの程度。だけども、声だけはその辺にいる人たちに負けないように。

 応援の声は届けなければ意味がないのだ。恥ずかしいとか思っていた自分は、どこへ行ったのかわからないくらいの応援をする。


 試合時間は一瞬だ、約1分程度の時間。

 しかし、それでも選手たちにはそれが全てなのだろう。力を出し、疲れている。


 僕は勝負の世界はなんて過酷なのだろうと思ったんだ。



 それから全ての試合が終わり、僕は瀬戸さんの様子を見に行った。

 瀬戸さんは予選を勝ち上がり、決勝に進んだ。1日に2回も全力で走るとか凄すぎる。

 結果から言うと瀬戸さんは4位だった。一年生で4位、とてもすごい事だ。

 しかし、瀬戸さんは悔しがっていた。まぁ、まだ上があるのだ、それを目指したいと思う気持ちはわかる。


「空くん、今日は応援ありがとね」

「こちらこそありがとう、瀬戸さん凄かったね」

「あははー、そう言ってもらえて嬉しいかな。でも、1位の姿見せたかったなー」

「じゃあ今度見せて欲しいな。僕、また応援に行くからさ」


 応援とは素晴らしいものだ。こちらまで熱くなってしまった。

 そして、僕は彼女の全力で走る姿がもっと見たいと思ってしまった。


「あははー、そっか!じゃあもっと頑張らないといけないね」


 瀬戸さんは嬉しそうに答える。

 彼女は立ち止まらない。そして、彼女なら出来るだろう。

 なんとなく、いや、絶対にいける。なんだかそう思うんだ。


「・・・・・・おや、空くんじゃないか。君も応援に来ていたんだね」

「え・・・・・・部長さん!」


 突然後ろから声をかけられ、振り返ってみるとそこには大きな帽子を被り、サングラスをかけた部長さんがいた。


「ああ、そうか君は、妹と仲が良かったね。君もいたなんて気が付かなかったよ」

「・・・・・・妹って、え、妹!」


 僕は瀬戸さんと部長さんの顔を見比べる。あ、今部長さん顔見えないや。なら、記憶を辿る。

 あー、確かに顔が似ている。てか、今まで気がつかなかったのかよ、僕。


「あれ、空くん知らなかったの?こちら、私のお姉ちゃんだよ?」

「そういえば、言っていなかったね。こちらは私の妹だよ」


 驚きというか、何も気がつかなかった事というか、なんかもう衝撃がすごい。

 部長さんがあの、瀬戸さんの大好きなお姉ちゃんで、部長さんも瀬戸さんで。


「瀬戸さん・・・・・・今まで知りませんでした」

「ふっ、どっちの瀬戸さんに言っているのかな?」


 ああ、そうか、この場で瀬戸さんって言っても分からないか?いや、分かるだろう、部長さんは部長さんで、瀬戸さんは瀬戸さんだ。


 まぁしかし、ずっと苗字というのもあれか。

 僕は少しの気恥ずかしさとともに名前を口にする。


「栞さん、気づかなかったよ」

「ふふ、名前かー、さん付け外してもいいよ?」


 ぐっ、と少し声が出てしまう。まぁ、もう勢いだ。言ってしまえ!


「栞、気が付かなかったよ」

「空はそういうの鈍かったんだねー」


 ニヤニヤと嬉しそうに彼女は答える。

『空くん』から『空』へと呼び方が変わっていた。しかし、どこかぎこちなさがある気がする。僕と一緒だ。


 だから、僕らはあははと笑い合った。


 同じクラスになり数ヶ月。彼女と距離がより縮まった。衝撃的な事実も知れたし、大会も見れて良かった。

 そんな暑い日の出来事だ、と僕は心の中で締め括った。

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