第10話 ママとパパのナレソメ

 誘拐犯は、あっさり捕まった。やはり、革命教の一派だったらしく、教祖きょうそであるルクスの命令だとかなんとか言っているそう。真相はともかく、私を誘拐しようだなんて、命知らずもいいところだ。


 ちなみに、私以外の人たちは、人質ひとじちとして連れてこられたらしい。なんでも、改宗かいしゅうせまられて断った、その家族だったとか。


 そのほとんどは、昔から主神教を信仰しんこうしている高齢の方らしい。ルクスチャンネルの人気が若い人たちに集まっているのは、配信だからというよりも、信仰的なものが大きいと私は考えている。


 とはいえ、ルクスがそんな理由で誘拐を命じるはずがないことは、私はよく知っているので、おおかた、組織の末端が暴走したのだろう。



 ――後日。私は、クレイアのテントを訪れていた。今度はちゃんと、ギルデの許可は取っている。


 彼女は、やることが終わるまで、ここに定住するらしい。……果たして、テント暮らしは定住と言えるのだろうか。


「私、すねてるから。クレイアさんが突き飛ばしたこと、根に持ってるから」

「うわ、面倒くさっ。ろくでもないところが似たわね……まあいいわ。アイネ、ママとパパの話が聞きたいって言ってたわよね?」

「何々、聞かせてくれるの!?」


 ころっと手のひらを返し、クレイアのそばに正座すると、彼女はたまらずといった様子で吹き出した。


「そうね。二人が結婚することになった経緯、なんてどうかしら」

「あれでしょ。パパがしつこすぎたから」

「マナにそう教えこまれたのね。でも、実際は違うわ」

「えっ、そうなの?」


 クレイアはこくりと頷いて、話を続ける。


「実は、マナの方が一目惚ひとめぼれだったらしいの」

「そうなの!?」

「ええ。レイさんから聞いたから、間違いないわ」

「え、クレイアさん、レイとも知り合いなの?」

「レイさんは昔、ギルドの受付だったのよ。それでお世話になってたの」


 レイは、幼少の頃、ギルデとともに私の面倒を見てくれた年齢不詳の女性だ。その頃、ママは一年間、意識を失っており、目覚めた後も、しばらくは建国のために忙しく、あまり、私と顔を合わせる機会がなかった。ステアはそのときにはまだ、いなかった。


 あまり覚えていないが、パパはそのときすでに、亡くなっていたらしい。だが、歴史書をどれだけ調べても、詳しいことは出てこなかった。


 ――しかし、まさか、あのレイにギルドの受付嬢をしていた過去があったとは。


「マナはね。そのとき、初恋だったらしくて。自分が一目惚ひとめぼれしたことに気づかなかったそうよ」

「何それ、かわいい」

「でも、あかりの方は気づいてて。どうにかして気づかせようとしたけれど、どうやっても気づいてもらえなくて。結局、あかりの方から告白したんですって」

「……あかり? パパのこと?」

「ええ。あたしはずっと、あかりって呼んでたから。――続けるわよ。それで、告白したんだけど、あかり、振られたらしいの」

「振ったの!? 気づいてなかったから!?」

「そう」

「ママぁ、しっかりしてよぉ……」

「本当にね」


 私の頼りない声に、クレイアは苦笑して、膝を引き寄せる。


「結局、あかりは何回告白したと思う?」

「んー、二回か三回、かなあ?」

「――百回だそうよ」

「ヤバっ! そこまでいったら、パパ、普通にヤバい人じゃん! てか、ママはなんで気づかないの!?」

「なんやかんやで、そのあと、マナの方からも告白したらしいわ」

「百回言われないと気づかないのぉ……? かわいい通り越してるよ……」

「そしたら、今度はあかりが振ったとか」

「パパ、馬鹿なの!? せっかく、ママに告白されたのに、なんで!?」

「あかりったら、戦ってマナに勝てたら付き合う、なんて無謀むぼうな約束をしちゃってたらしくて。ほら、あかりって、マナに異世界から呼び出されたでしょ? だから、マナの強さを知らなかったんじゃないかしら」

「そういえばそうだったね」


 ――パパは、この世界の人間ではない。異世界から召喚された、勇者なのだとか。だが、その功績こうせきについて書かれた文献は、どこにもない。歴史書もない。恐らく、意図的に消されているのだ。


「てか、約束、守れたの? ママって、めちゃくちゃ強いんでしょ?」

「あかりはね、約束はちゃんと守ってくれる人だったわ。どんなに無茶でも、命を懸けることになっても、ちょっと卑怯ひきょうでも、ちゃんと、一度決めたことはやる人だった。――もし、あかりがマナに勝ててなかったら、アイネはここにいなかったでしょうね」


 ふと、昔の記憶がよみがえる。ママがパパについて話していた記憶だ。短い期間だったけれど、確かに、ママと過ごした日々が、私にはある。


「確か、そのとき、コケコッコー、みたいな告白したんだよね」

「どういうことか全然分からないけれど、そんなに面白そうな話、レイさんは教えてくれなかったわ」

「ま、レイさんは優しいから」


 ママはあのとき、パパがしつこかったから結婚したのだと言っていた。しかし、蓋を開けてみれば、ママの言い分は随分、脚色きゃくしょくされたものだった。――ママは照れ屋さんだ。


「まあ、そのあと、一年くらいして、また別れることになるんだけど」

「エッ、なんで!? てか、ややこしすぎてわけ分かんなくなってきた……」

「あはは。本当に、二人で何やってるのって感じよね。まあ、あかりが、とうとう墓場まで持っていっちゃったから、最後に別れた理由は永遠に分からないわ。……でも、あかりは、マナのことを、すっごく、愛してた。マナ以外の誰が見ても分かるくらいに」




 八年間、約束が果たされなかったから。いや、本当は、ママが目の前からいなくなってしまったあの日から。一緒にいるという約束を破ったあの日から、ずっと私は、何もかもが信じられなかった。


 私には、愛される資格などないのだと、そう思っていた。愛されるわけがないと。愛を信じる方法が分からなかった。


 ただ、そんな話をしたときに、ステアとギルデが、私より、ずっと寂しそうだったのを、覚えている。


 見たくなくても、目をそらしていても分かるくらいに、寂しい音が、ずっと私の鼓膜を揺らしていた。


「……ママは、ちゃんと、分かってたのかな。パパが愛してくれてるって」

「――ええ、もちろん。それで、また婚約し直して、アイネを授かったらしいわ。今度はマナの方がしつこかったみたいね。ややこしい話だけれど」


 返答までの一瞬の間に、クレイアから、何かを隠すような気配が感じられた。その真意を探ろうとすると、すぐ誤魔化すようにして、彼女は眉尻まゆじりを下げて笑った。


 クレイアは、ママたちを知っているというわりに、レイや他の誰かからまた聞きしたような調子で話をする。まるで、自分は何一つ、見ていないとでも言うように。それが何を意味するのか、私には、分からない。


 ただ、その中にときおり含まれる、彼女自身の言葉。そこには、ママとパパへの親愛が、あふれていた。


「――あれ。もしかして、ママとパパって、デキこん?」

「いいえ。婚姻こんいん届を出したのは、アイネを授かったあとみたいだけど、婚約はその前にしてたそうだから」

「それをデキ婚と言うのでは」

「強いて言うなら、さずかり婚ね。同意はあったと思うわ」

「あったんだ……」

「でも、アイネがいたから結婚したっていうよりも、たまたま、結婚があとになっちゃった感じね。色々、時間がかかったみたいで」

「やっぱり、できちゃった婚だ!」


 マジか。いや、マジか。仲良すぎない? どうしたらそういうことになるのか、想像もつかないんだけど。


「アイネは今、何歳だったかしら?」

「次、十六」

「二人が結婚した歳ね」

「えっ! あ、そっか! そうだった! でも、今の法律じゃ、二人とも二十一歳以上じゃないと結婚できないよ? 成人も二十一だし」


 すると、クレイアはニヤリと笑った。からかうような、試すような、意地の悪い、自分だけ分かっているという笑みだ。


「その法律、誰が作ったの?」

「……ママぁ!」


 帝国の建国に際して、成人の年齢が引き上げられたことは知っていた。ただ、際立きわだって珍しい話でもないからと、あまり気にめていなかった。


「じゃあ、私にそういうことさせないための法律ってこと!?」

「そうなるわね」

「ママぁ……!」


 ママは、とんだ親バカだったのかもしれない。いや、普通に親バカ丸出しだったような気もしてきた。

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