第7話 誘拐されました
ママ、パパ。そっちはどう? アイネはね、
「うわーん! ママー!」
その泣き声に、
「安心しなさい。誘拐されたってことは、すぐには殺されないから。……まあ、時が来れば殺されるけど」
「うわあああん!!」
クレイアが対応しているみたいだが、一言余計し、幼い顔立ちではあるが、目つきは怖いし、逆効果でしかない。
――私が泣き止まなかったとき、みんな、どうしてくれただろうか。そんなことを思いながら、今、私にできることを考える。
そうして、女の子の頭を
『アイネ──』
『やだやだやだ! ママが置いてっちゃったら、私、私っ、わ、悪いこと、たくさんするもん!』
そんなことを言って、必死に引き
「あなた、お名前は?」
「……マナ」
その名前に、一瞬、全身が凍りついたように、硬直する。
たまに、いるのだ。ママと同じ名前の子どもが。独裁政権を始めてからは流石に減ったが、ママは昔、世界的に人気のある王女だったため、アイドルの名前をつけるような感覚で、「マナ」と名づける人が、当時、急増した。
思うところはあるが、それは目の前の少女をいたずらに不安にさせていい理由にはならない。
「マナちゃんは、ママが好き?」
「うん、大好き!」
涙で光る目を、きらっと
「じゃあ、強くなって、ママたちを安心させてあげよう!」
「――うん!」
私は、ママが大好きだけど、ママのことはほとんど知らない。ギルデもステアも、よくママのことを話してはくれるが、私が知りたいことは、何も教えてくれない。
油断している隙に、私の頭にも手がのせられた。
「アイネは、まあまが好き?」
「うん、大好きっ!」
クレイアに
「そう。――よかった」
クレイアは、心底安心したような顔をしていた。――その顔を見てほっとしたからか、このタイミングで、思い出してはならないことを、思い出してしまった。
「クレイアさん」
「どうしたの?」
「私、さっき起きたときから、ずっと、トイレに行きたくて」
「……みんな、後ろ向いてるから」
「嫌なの! まだ乙女を捨てたくないの! それにこんなところで花
「じゃあ、ここから出るしかないわね。出てもすぐにお手洗いが見つかるかは分からないけれど」
「ホント、マジで、限界……!」
意識し始めたら、どんどん、行きたくなってきた。ここが草地ならまだいいが、床も石だ。吸ってもくれない。終わった。
そのとき、この場の誰より早く、私の耳が足音を捉えた。誰か来たのだ。
「助けて! 早く助けて! 誰でもいいから!」
鉄格子をがしゃがしゃ揺らして、引っこ抜き、足音に向かって駆ける。――いた。
「なっ……! 貴様、一体どうやって抜け出した!?」
「トイレ! 早く!
相手の顔色などうかがう余裕もなく、私はその人に、無理やり近くのトイレまで案内させた。
「ふー、すっきりした」
「あんた、馬鹿なのか、天才なのか、分かんないわね……」
その人とともに、
「あれ? マナちゃんたちは?」
「みんな、とっくに逃げたわよ。あんたが鉄格子をぶち破ったから」
「――ハッ! そっか、壊せばよかったんだ。なんとなく、壊しちゃダメなのかなって思って」
「馬鹿ね」
「そ、そんなこと言ったら、クレイアさんだって、さっさと逃げればよかったでしょ」
「あんたが素直に戻ってくるだろうなと思ったから、待ってたのよ」
何も言い返せなかった。
これで脱出できる――なんて思っていると、
「お前がこれを壊したのか」
「いやあ、えっとお……」
「ええ。壊したのはこの子よ」
「え、言っちゃうの!? クレイアさんの、薄情者!」
「あたしだって痛いのは嫌だもの」
「信じた私が馬鹿だった!」
そう叫ぶのが先か、
「後ろ、もう一回、よく見てみなさい」
もう一度振り向き、よく見ると、倒れた
「ステアさん――」
眼鏡の奥からのぞく眼光の鋭さに、一歩、後ずさると、ステアは二歩、歩み寄ってくる。
――怒られるっ。
目をぎゅっとつむっていたが、構えていた頭への痛みは来ず、代わりに、全身がふわっと、温かい感触に包まれた。
「無事でよかった……」
温かい
――その熱が、とても、寂しく感じられた。
ステアの
「アイネさん?」
「ごめん、クレイアさん!」
隙だらけのクレイアを抱え、ステアの一瞬の隙をつき、その脇をすり抜けて、全速力で、走る。
「ちょっ、ちょっと、自分で自分を誘拐してどうすんのよ!」
「だって、だって……っ」
ステアと再会したときには
適当な公園の遊具で雨宿りをしながら、クレイアの袖を、頼りなくつかむ。すると、彼女はため息をついて、
「落ち着いたら帰るのよ」
落ち着くまでは居ていいと、そう言ってくれた。
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