第6話 知らないテント

 ぼんやりとまぶたを開き、幾度いくどかまばたきをする。――いつもとは違う光景に、慌てて飛び起きると、首に、激痛げきつうが走った。


「寝違えたたたっ!!」


 涙目になりながらも、痛みで思考が落ち着いてくる。


「そっか、私、家出したんだ……」


 かたわらにクレイアがいないのに気がつき、無意識に外に出ようとして、昨日の言いつけを思い出す。


「勝手に出ちゃダメだったよね」


 日はとうにのぼっているようで、テント越しにうっすらと光が透けていた。きっと外は、気持ちのいい青空だろう。


 確か、トイレのときは大声で呼べと言っていたが――なんて、意識し始めると、だんだん、行きたくなってきた。


「ちょっと、我慢してようかな」


 それから、十数分が経ったが、クレイアが帰ってくる気配はなかった。


「おーい! クレイアさーん!」


 大声で呼んでみるが、返事がない。その後も呼び続けたが、一向に、返事がない。


「トイレ探さなきゃだし……もう我慢できない!」


 フラグよ、折れていてくれ、と願いつつ、テントの外に出ると――足に何かがつっかえて、危うく、転びそうになる。


 足下に視線を落とすと、そこに、白髪の少女、否、クレイアが倒れていた。


「ちょ、ちょっと、クレイアさん!? 大丈夫ですか!?」


 軽く揺すると、かすかな吐息といきとともに、小さくうめき声を漏らした。


「生きてる――」


 ほっと、胸をで下ろして、クレイアをテントに運び込もうと抱えると――視界に影が差した。


 横をすり抜け、その影から離れながら、振り返って正体を観察する。白いローブをまとい、フードで顔を隠した、いかにも怪しげな人物が、そこに立っていた。


「あの背中の紋章――間違いない、革命教だ」


 女の心臓に杖が突き刺さっている、悪趣味な紋章もんしょうだ。気分が悪い。


 十分に距離をとって、敵の一挙一動に目を配る。


 風にローブがひるがえり、フード越しに瞳がこちらを捉える。


 ――くる。


 火の球がふくれ上がって、影を覆い隠す大きさへと成長し、一直線に向かってくる。だが、


「……遅い」


 避けることはできるが、私の後ろには遮蔽物しゃへいぶつがない。


 だから、受け止める。


 燃え盛る火炎は、私とクレイアを焼き尽くさんと迫り――当たった直後、消滅した。


「なっ!?」


 驚いた声を合図に、一直線に駆けて、その首を手で打ち、確実に意識をり取る。


「ふぅ……」


 今更ながら、初の実戦だったことに気づき、遅れて高揚感こうようかんがやってくる。心臓がやけに速い。体が、熱い。


 だが、気持ちを落ち着けなければ。冷静さを失えば、大事なことを見落とすかもしれない。


 呼吸を整えながら、足下を見やる。確実に、意識を失っているようだ。


「今まで、襲われたことなんて、なかったのに……」


 なぜ、バレたのだろうか。もしかして、クレイアが――。


「ん……」


 かすかな吐息といきとともに、クレイアのまぶたがぴくりと動く。私は思わず、大声を出して、


「クレイアさん、起きてください!」


 その体を必死にする。


「死なないで! お願いだから!」

「や、やめ、ちょっ、ちょっと! やめなさい!」

「うべっ」


 ベチン! とほおが叩かれて、それでやっと、私は落ち着きを取り戻す。


「あんた、馬鹿力なんだから、少しは考えなさいよ! それに、そんなに揺すらなくても、ちゃんと起きてるから」

「だってぇ……!」


 半べそをかきながら、抱えているクレイアの赤い瞳をのぞきこむと、彼女は半分あきれたような笑みを浮かべて、私の頭をでた。


「ごめんなさい。つい、テントにたどり着く直前で寝ちゃって」

「いや、寝てたんかいっ! てか、なんでこんなまぎらわしいところで寝るんですか! 呼んでも全然起きないし!」

「寝たばかりだったから、起きないわよね」

「開き直るな!」


 あはは、と笑う彼女に毒気どくけを抜かれ、目尻の涙をぬぐい、鼻水をすする。


「……汚いから、早く下ろして?」

「汚いって言うな!」


 ティッシュをもらって、鼻をかみ、ゴミ箱を探すと、ちょうど、一キロ先に見つけたので、ひゅっと投げる。


「よし、入ったっ」

「……あはっ。すごい勢いで、ティッシュが、飛んでっ、あはっ、あはははは!」

「なんでそんなに笑ってるんですか?」



 ふと、それまで大笑いしていたクレイアの表情が、一変した。


「このにおい……」

「クレイアさん?」

「アイネ、息しないで!」

「それって、死ねってこと――」


 急速に意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。


***


 うっすらと目を開け、少しずつ、意識を覚醒かくせいさせていく。――自室でないことに気がつき、慌てて飛び起きる。


「いたたたた反対側も寝違えたっ!」

「ふふっ」


 隣から聞こえる失笑に、首を押さえながら目だけ動かすと、そこには、白髪に赤い目をした少女――否、クレイアがいた。


「あんた、寝起きはいいのね」

「どういう意味ですか?」

「いいえ、こっちの話よ。――それより、大変なことになったわね」


 首が回せないため、立ち上がってその場で回りながら、辺りを確認する。人がたくさんいて、皆一様みないちように、おびえた顔をしている。


「私、そんなに寝顔ひどかったですか……?」

「別に、誰もあんたにおびえてないわよ。そこ、鉄格子」


 クレイアの指差す方には、確かに、鉄格子があった。


「これがどうしたんですか?」

「……あんた、薄々うすうす気づいてたけど、やっぱり馬鹿なのね」

「馬鹿じゃないですっ!」

「じゃあ、状況は分かるわね?」

「おお、おお、やってやりますよ」


 怯えた顔の人たち。よく見ると、私とクレイア以外の人の腕には、魔力封じの腕輪がつけられている。


 それから、石の壁に、石の天井、鍵のかけられた、唯一の出入口である鉄格子。この鉄格子を壊してはいけないルールだとすれば、導き出される答えは一つ――。


「脱出ゲームですか?」

誘拐ゆうかいされたのよ」

誘拐ゆうかい!?」

「ええ、ここにいる全員ね。あんたが倒した相手は多分、おとりね。揮発性きはつせいの薬を持たされてたみたいで、あっという間に、二人とも、意識を失っちゃったのよ」


 誘拐、ということは、つまり。


「めちゃくちゃヤバいじゃないですか!」

「そうね。あんたの寝顔よりずっとヤバいわよ」


 と言うわりに、クレイアに大きな動揺の色は見られない。――ていうか、今、ディスられなかった? いや、今は、それどころじゃないか。


「どうしよう……!」

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