伊織&楓「ぴょこりと咲いた小さな花」
六月。とある曇り空の朝のホームルーム前。
佐久間伊織は自分の席に座り、湊を含む数人の男子と話していた。隣の席に座る楓は、美鈴を含む女子グループといつものように話している。
(涼原さん……だいぶ変わったよな)
楓はまだぎこちなさは残っているものの、以前よりも美鈴以外の女子と話すようになっていた。相槌以外でも、たまに楓から女子に質問することがあり、そのときはその女子も美鈴もみんな嬉しそうな顔をする。
(いや、オカンか俺は)
心の中で自分にツッコんでいると、肩をとんとんとつつかれた。
「ん?」
振り向くと、楓が照れくさそうに伊織を見ている。
(涼原さんが、俺の肩に……!?)
触れたのか――と感動したが、楓はその手に定規を持っていた。コンマ数秒の感動だった。
「佐久間くん。こっちでみんなが呼んでる」
ほんのり頬を赤らめた楓が、女子グループをちょいちょいと指差す。屋上の昼食会ですっかりおなじみのメンバーだ。どうやら伊織にお呼びがかかったらしい。屋上での一件以来、伊織はたまにこうして女子グループの会話に呼ばれることがあった。
――それにしても、呼んでくれるのが美鈴さんじゃなくて涼原さんだとは……。
これまでは、同じ状況であっても毎回美鈴が伊織を呼んでいた。
それなのに、今回は楓が呼んでくれた。しかも男子と女子それぞれのグループの目がある中で。
(ここまで本当に長かったなぁ)
伊織がしみじみしていると、楓は急に恥ずかしくなったのか、
「佐久間くん、早く。みんなでじっくり咎めるから」
「何その怖すぎる呼び出し? ぜったい行きたくないんだけど」
女子グループと男子グループに同時に笑いが起きた。
それから伊織は女子グループとしばらく話し、もうじき先生が来るというタイミングで会話がお開きになった。
「なあ、佐久間」
今日の時間割を確認していると、先ほどまで話していた男子が感慨深そうに声をかけてきた。
「ん、どうした?」
「よくぞここまで進歩したな……」
「お前はすごい」
「人類未踏の地に足を踏み入れたな」
「大げさすぎてピンとこないんだが」
楓との関係性の進歩を称えてくれているのはわかる……が、まるで月に旗を立てたかのように褒められるとむしろ現実味が薄れる。
「でも、実際相当進歩したよね~」
湊の言葉に、顔がほのかに熱くなる。
「まあな、おかげさまで……ん?」
ふと視線を横に向けると、楓と目が合った。
楓が不思議そうに目をぱちくり、ぱちくり。
出会った頃からは考えられない、警戒心のない顔。
(まずい、顔に出すな、俺……!)
表情がゆるみそうになるのを必死でこらえていると、
「伊織、どうしたの? 犯罪一歩手前の顔だよ?」
「え、そんなに!?」
「いおりんは今日も愉快だね~。あ、通報しよっか?」
「『いっしょにお昼食べよっか?』みたいなノリでえぐいことしないで!」
ひと笑い起きたところで、担任の先生が教室に入ってきた。
湊と美鈴が前を向いたところで、
「佐久間くん……朝から忙しいね」
「いや、俺はただツッコんでるだ……け……っ」
楓が、隣に座る伊織だけがかろうじてわかる小さな笑みを浮かべた。それと同時に雲が流れて朝の陽光が差し込み、控えめな笑みを柔らかく照らす。
(あー……これは、今日の授業はもう集中できないかも……)
楓が前を向いてからも、伊織はしばらく呆然としてしまい、一限の英語では先生にイジられ倒した。
ひだまりで彼女はたまに笑う。 高橋徹/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ひだまりで彼女はたまに笑う。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます