第二章 惚れたけど距離が遠すぎる

 かえでからけられているにも関わらず、むしろけられているからこそ、おりの彼女に対するれんの情はふくらむ一方だった。

 かえでがおのうに刻み込まれ、家にいようと学校にいようといくとなく脳内再生された。おかげで授業にも身が入らない。

 れる前と後では、かえでに対するにんしきが明らかに変わっていた。さいな仕草にもれるようになった。

 かえでは姿勢がよく、ねこという言葉を知らないかのように常に背すじがぴんとびている。そのうえ指が長く、ただ板書をとる姿でさえ様になっている。

 現代文のときの縦書きも、数学のときの数式を書くところもれいだが、中でも英語をするすると書くときのなめらかな動きが好きだった。もちろんじろじろのぞくのは気持ちが悪いと重々承知しているので、これらの観察は基本的にほんの数秒ずつしか行なっていない。それでもみなとに言えば十分気持ち悪がられるだろうが、れいなものはれいなんだから仕方がない。


「よし、じゃあこの問題がわかるやつ……と見せかけて、

「ふぁぃぇお!?」


 自分でも聞いたことのない声をあげ、必要もないのに立ち上がってしまった。昼休み直後のけんたいかんぶほどの笑いが起きる。


「どうした? 私はただ、ぼーっとしている君を指名しただけだぞ?」


 英語のグラマーの先生がにこにこしている。いつもおりをイジるときよりも明らかに楽しそうだ。この人ぜったいドSだ、ぜったい。


「うぐ……す、すみません……っ」

「謝らなくていいさ。この問題を答えさえすれば何も問題はない。答えられない場合は何かしらひどい仕打ちをするぞ」

「後半でキラキラがおになるのやめてくれません?」


 教室がさらに笑いに包まれた。


「せんせー。このご時世にひどい仕打ちをする、とか言わないほうがいいと思いまーす」


 最前列の男子が手を挙げ、笑いながら言う。先生はあごに親指をえて「ふむ」とうなずくと、


「じゃあ、体育の時間だけ常に右ひざにおんな痛みが発生するのろいをかけようか」

「思春期男子がのびのびと遊ぶ場をうばわないで!」


 おりのツッコミに教室がさらにく。何人かは笑いすぎてなみだになっていた。


(よし、これなら……って、うーわ……)


 いつも以上の手応え。これならばかえでも笑うのではと思ったが、甘かった。かえでおりのことをじつにげんそうな目で見つめていた。というよりもにらんでいた。前世からうらみが積もり積もっているかのように。


(どうしたもんかなぁ……)


 心の中でたんそくしながらこしを下ろしかけると、


「いや、笑いをとったことでお役目終了みたいな顔をするなよ?」

「あ、マジですみません」


 もうひと笑いを起こし、案の定答えもわからなかった。

 授業のあと、英語の先生はおりかたをぽんとたたき、


「教室の空気をよくしてくれるのはありがたいが、もう少し真面目に授業を聞くように」

「す、すみません……」


 おりはただただかしこまるばかりだった。


       ×  ×  ×


「なあ、みなと

「ん~? なに?」


 昼休み。

 みなとをグラウンドのベンチに連れ出したおりは、弁当を食べながら相談を切り出した。かえでれたことは直接言わず、えんな言い回しを使っていたのだが、


「なるほどね~、好きで好きでしょうがないすずはらさんにけられっぱなしはつらい、ってことか」

「なあ、なんでいっちばん俺がずかしくなる言い方を選んだの? 死にそうなんだけど」

おりの死因のらんが楽しいことになりそうだよね。『死因:しゆうちせいしんきんこうそくつうしようずか』みたいな」

つうしようがポップすぎるだろ」


 こほん、とせきばらいをして表情をめる。


すずはらさんって、もともと男子とぜんぜん話さないだろ?」

「そうだね、だからこの場合はゆっくり……」

「だから、だいたんに動いたほうがいいかなって」

「ん?」


 みなとが、糸のように目を細めたみをかべたまま首をかしげる。グラウンドで遊ぶ男子のごえが急に大きく聞こえた。反応にかんを覚えつつもおりが続ける。


「いっそ、勇気を出してコクったほうがいいんじゃないかって」

「ん?」


 みなとがまったく同じ表情のまま、首をさらにかしげた。ちょっとこわい。


「いや、だから。この気まずいじようきようを打破するためにも、まず俺の好意をちゃんと伝えてだな……」

おりぼけてる?」


 糸みたいな目が開いた。こわさが増している。


「真面目だっての。こういうのは早いにしたことはないよな。とりあえず今日の放課後にでもすずはらさんを呼び出して……」

おりぼけてる?」


 目がさらに開く。こわい。口角が上がっているのに、目がまったく笑っていない。


「み、みなと……? 顔がすげぇこわいんだけど……?」

おり。今の発言に対する僕のコメントだけど……」


 みなとがトークアプリで文字を打ち、おりに送る。ぽこん、という通知音が鳴った。

 画面を開く。


『TA☆WA☆GО☆TО☆』


 たわごと……。

 ものすごく手短で、なおかつかいののしられた。


「昼休みももう終わりそうだから、歩きながら話そうか」

「お、おう、わかった」


 にこにこがおはそのままなのに、ぜんとしてこわい。人って表情を変えることで感情を表すんじゃなかっただろうか。

 しようこうぐちくつえ、ろうをゆっくり歩く。


おり。好きになったら……その人のことを大事に思うなら、しんてきにアプローチしないとだよ?」

 みなとが立てた人差し指をくるくると回す。「つうに考えてみなよ。自分が思いっきりけてた男子が急に呼び出してきて、いのししみたいに鼻息をあららげて『むふぉぉぉ……お、おれ、おれとぉ……付き合っておくれよぉぉぉ……っ』って言ってきたらどう思う? ただの事案だよ、事案」

「なあ、そいつもはや人間じゃないよな?」


 おだやかなみからはとうてい想像もつかない声が出た。

 じようだんをまじえながらではあるが、みなとの言うことはよくわかった。


「まずはすずはらさんの、俺に対するけいかいしんを解くところから始めないとな……」

「そうそう。あせらずにあせらずに。男子とぜんぜん話さないっていうのはチャンスでもあるんだから」

みなと……どんだけ経験積んでるんだ? それとも何回か人生やり直してる?」

「転生経験はないかなー。耳年増なだけだよ」


 教室にもどり、席につく。


「ねえねえでらくん。くんとどこ行ってたの?」

「グラウンドでご飯を食べてたんだよ」


 すずが楽しげにみなとに話しかけている。ふたりはこんなに仲が良かっただろうか。なんとなくではあるが、ふたりが目を合わせている時間も長い気がする。

 ちらりととなりを見やると、かえでと目が合った。

 ものすごい勢いで顔をそむけられた。磁石の同じ極を全力で近づけたのかと思うほどに。

 毛先があごの辺りまである銀のかみがはらりとれて束にもどる。


「…………」


 前を見る。みなとすずなごやかに話し続けている。

 格差という言葉は、経済格差などの大きなくくりで聞くことが多いが……おりは前列と自分の列で、あまりにも明確な格差を感じた。


       ×  ×  ×


 とある日の夜。

 おりは、妹のひよりと夕飯を食べていた。


「うーん、お兄の料理はこのおおざつな味付けがたまんない!」

「毎回言うけど、それめられてる気にぜんぜんなんないからな?」


 肉と野菜をめたひよりが幸せそうに目を細める。本人的にはめているんだろう。

 両親ともに仕事でいそがしくて家を空けることが多く、兄妹きようだいそろって小さいときから動画アプリで料理チャンネルを見て作っていた。


「お兄。お休みの日でいいからさ、新しいお料理作ってよ。あたしも作るから」


 ひよりとは見ているチャンネルのけいこうがちがい、おりは男飯と呼ばれるジャンルを好んでいる。妹はそんな兄のごうかいな料理が好きで、きやしやな身体からは想像もつかない量をぱくぱくたいらげてしまう。


「はいよ。んじゃあ買い出しに行かないとな」

「やたっ。楽しみー♪」


 にぱっ、とひまわりがいたようなみ。ひよりはひとつ下の現在中学三年生だが、兄離れはまだ先のようだ。幼いころからおりがつきっきりで面倒を見ていたので、ひよりのちょっとしたおねだりはいくらでも聞いてしまう。その点を考えると、おりも妹離れができていないのかもしれない。

 再生リストに入れた動画でまだチェックしていないものがあったので、今度はその動画を参考にして料理を作ろうか……と思っているときに、ふと。


すずはらさんは……どれくらい食べるんだろう?)


 のうかえでの顔がかんだ。あの日のがおが真っ先にかんだあと、それをめるように最近の冷たい表情がいくつもいくつも雪崩なだれのごとくかんでくる。つらい。


(パンを買ってるのは見たことあるけど)


 こうばいの前を通りかかったとき、すずとふたりでパンを買っているところを見かけた。生徒が押し寄せてすずが「むぎゅぅ……」とうなるなか、かえでがするすると人の波をすりけてすずの分までパンを買っていた。

 おりはその一部始終を見ていたが、そのときもかえでと目が合い、案の定じんじようでないほどのしかめっつらをされた。昼休みに心が折られるとは思わなかった。


「お兄、さっきからぽーっとしたり絶望したり、いそがしいね」

「……そんなこたあない」


 お茶を口にふくみ、


こい?」


 全力でむせた。

 す寸前に皿の置かれていないほうに顔を向けた自分、グッジョブ。


「お前な……」


 げほげほとみながら妹をにらむ。当の本人はけらけらと楽しげに笑っていた。


「でも、そっかそっかー、お兄もそんなおとしごろかー」


 ひよりがテーブルに両ひじをつき、手のひらにあごを乗せる。シュシュでまとめたポニーテールをぴっこぴっこと楽しげにらす仕草は、わいらしいと同時にちょっと腹が立つ。


「年上なんだけどなぁ……」

「え!? 先生なの!?」

「そこはまず『せんぱいなの!?』だろ! ていうか今のは俺がお前より年上だって意味!」

「知ってるけど」

「ボケといて自分から引くのやめて?」


 立ち上がり、楽しげに笑う妹の頭をくしゃくしゃとで、食器を重ねてシンクに運ぶ。ひよりは何も言わずともとなりに立ち、きんを用意している。


「お兄、知ってる? 女子の精神年齢は実年齢のふたつ上で、男子は実年齢のふたつ下なんだって」

「ふーん?」


 おりが食器を洗い、ひよりがそれをく。

 視線で続きをうながすと、妹はなぜか得意げに笑った。


「すなわち……あたしの精神年齢はお兄よりみっつ上なのです! どやぁ!」

「ふーん、すごくおどろいたー」

「ちょっと棒読みすぎない? 泣きそうなんだけど」


 おたがい食器を手に持っていないぜつみようなタイミングで、ふくらはぎにローキックを食らわせてくる。ダメージが残りそうなちゃんとしたローキックだ。


「ふみゃー」


 洗い物を終えて手をいたところで、天使の鳴き声が聞こえた。


「コタロー、どうした?」


 マンチカンのコタローがちょこちょことやってきて、つぶらなひとみ兄妹きようだいを見あげる。この時点でもうほねきだ。ふたりそろってしゃがみ、ちっちゃな頭をこうでる。


「みゃー」


 気持ち良さそうに目を細めたコタローがひょいと立ち上がりおりとひよりをこうに見つめる。心持ちまんげな顔。わいすぎてくずちそうになる。


「お水だね~? 待っててね~?」


 ほおのゆるみきったひよりが立ち上がる。コタローはいったんあしを下ろしておりに近付き、ふたたびにょいっと立ち上がって見つめてきた。わいさで殺す気らしい。我が家のマスコットは今日もかいりよくばつぐんだ。

 コタローは昨年にやってきて以来毎日のようにわいさのもうるっている。父は「コタローは我が家のアイドルだなぁ……。あ、俺のアイドルは、というかがみは母さんだからね?」と総入れ歯になりそうなことをつぶやき、おりとひよりに冷たい目を向けられていた。ちなみに母はつうに照れていた。


「コタローはわいいなぁ……」


 しっぽの付け根をぽんぽんとでながら、ふと入学式の日を思い出す。

 あのときかえでねこけているようだった。けれど本当にきらいなら、さっさとその場を後にすればいい。なのに彼女はねこを見つめながらもきよをとるというじゆんした行動をとっていた。


(本当は好きなのかな……ん?)


 かえでのことを考えつつ、あのときのねこわいかったな……などと思っていると、コタローがあぐらをかいたおりあしの上に乗って丸まった。まるで「他のねこのことを考えるんじゃありません」とでもいわんばかりの顔で見つめてくる。


「コタロー、お水だよはぁぁんかわいい!」


 ちっちゃく丸まったコタローを見るなり、ひよりが口を手で押さえて「ふぐぅ……っ」と変なうめき声をらした。


       ×  ×  ×


すずはらさんって色々とすげぇよなぁ」


 とある日の放課後。

 おりがクラスメイトの男子と雑談していると、そのうちのひとりがぽつりとつぶやいた。


「うんうん」

「わかるわかる」


 他の男子も次々とうなずき、おりあいまいうなずく。本当は発言した男子のかたをがっちりつかんでかえでりよくをプレゼンしたいくらいなのだが、それをするとまだ九割九分残っている学校生活がハードモードになるのでやめておく。


(みんなはすずはらさんのがおを知らないわけだよな……)


 パパラッチと呼ばれたことも、現在進行形で塩どころではない対応を受けていることもいったん忘れてゆうえつかんひたっていると、


「なんかさ、あまりにも目立ちすぎるから話しかけづらいっていうか」

(……ん?)

「わかるわかる。あの見た目でほとんどしやべらないとなると、近寄りがたいにもほどがあるよなー」

「……そうか?」


 おりのつぶやきに男子たちがきょとんとして、それから小さな笑いが起こる。


はそういうの気にしないかー」

「クラスのだれとでも話すもんな、って。ぬるぬるーって感じで」

「そのおんのチョイスはおかしいだろ」


 おりは男子のひとりをいて笑いながらも、先ほどの発言の真意が気になっていた。


「やっぱさ、ぎんぱつに青い目っていうのは、なかなかこう……なあ?」

「うんうん、めちゃくちゃれいだけど、映画でも見てるような気分になるんだよな」

「大学に入って留学生を見るようになったらもうちょっと慣れそうだけど、公立の小中学校に通っていきなりあんな人を見たらビビるビビる」

「……なるほどなぁ」


 男子たちの発言にはとげはなかった。単純に、ごくごく単純に、「未知なるものに対するちゆうちよ」があるだけだ。


はその点すげぇよな。つうに話しかけてるし」

「ものすごい勢いでシカトされてるみたいだけど」

「なんで知ってんだよ!?」


 ずかしいところを見られていたらしい。


「「「みんな知ってるけど」」」

ずかにそう」


 男子たちの口をそろえての言葉にてんじようあおいだ。


ってすずはらさんに対して近寄りがたいな~とか思わないのか?」

「う~ん……」


 うでを組んで考え込む。今話している男子たちとは、同じような場所で育ち、同じようなものを食べ、同じようなものを見てきているはずだ。なのにこうした考え方のちがいがあるのはおもしろい。


「……うちさ、両親の教育方針が自由気まますぎるんだよな。放任、ってわけじゃないんだけど、デバイスにアプリをありったけ入れて、家にある本もいつでも読んでいいって言って、『あとはお好きにどうぞ』って感じなんだよ」

「なんだそれ、すげぇうらやましいな……」

「それで、小さいころから月額制読み放題の電子しよせきを読みまくってたし、動画も適当にあさってたら外国人の動画もるようになって。色んな考えにれてるうちに……『色んな人がいて当たり前』っていう感覚ができたのかも。だから、すずはらさんに対しても、単純に『ぎんぱつれいわいい人』ってくらいの意識しか持ってないんだよな」

「「「……………………」」」


 男子たちが目を見開いておりを見つめ、


「すばらしい」

「うむ、すばらしい」

「急にどうしたんだよ!?」


 なぜかはくしゆを始めた。


「いや、すげぇな……」

「人類がみんなお前みたいだったら戦争も起こらねえよな……」

「まあ、すずはらさんのことを『わいい』って言ってるあたりをげたくなるけど」

「それじゃあまた明日」

「「「待てや」」」


 しようさんの流れからとつぜんきつもんタイムが始まりそうになり、おりは荷物をまとめてちようそくげた。


       ×  ×  ×


「はぁ、はぁぁ……あいつら、今日は体育がなかったからって全力で追いかけやがって……っ」


 男子たちは結局、一階を三周したところでようやくまくことができた。さんざんおりを追いかけておいて、いつの間にか帰っていた。ヤツらには何かしらの仕返しをしたい。

 開け放たれた窓からは、野球部や陸上部、グラウンドホッケー部が活動している声が聞こえてくる。吹き込む風が温かく、思わず目を細めた。


(俺の考え方って、みんなとちがうのか)


 先ほどの会話を思い出す。

 かえでぎんぱつへきがんという見た目に対して、男子たちは明らかに気おくれしていた。その気持ちはわかる。わかるけれど、おりかえでの美しさに対してのみ気おくれしているのに対し、男子たちはかえでの美しさに加え、かみひとみの色にも気おくれしていた。

 おりの考えに対する男子たちの反応は好意的だったけれど、かえでのような個性的な見た目を受け入れがたい人もいる。

 見た目がちがえば「そういう人もいるよなぁ」と思い、考えがちがっても同じく「そういう人もいるよなぁ」と思う。それくらいフラットなほうが、色々な物事に興味を持ち、りよくを感じられると思うのだが……。

 現におりはきっと、クラスメイトの他のだれよりもかえでかれて──


「……だめだ、急にずかしくなってきた」


 ぎんぱつへきがん死海対応(塩対応の上位かん)の少女のことをおもかべ、おりはぶんぶんと頭をった。

 今日は用事もないし、さっさと帰るか……と思っていると。


「あれ、だれかいる……?」


 屋上に続く階段にだれかが座っている。ふたりいるな、どうやら女子だな……と思ったところで、ぎんぱつへきがんの見慣れた女の子が、これまた見慣れたお団子頭の少女に後ろからきつき、頭にあごを乗せ、むふーと満足げに鼻息をついていた。

 くずち、リノリウムのゆかにひざを強打した。

 かえですずがびくーんとね、それからおりの存在に気付く。


「ぐおぉぉ……ご、ごめん……っ」


 かえでと目が合った。目をぱちくりとさせ、それから射殺すように細める。

 すずの後ろに顔をかくし、目だけをのぞかせると、


「……ドウシタノ?」


 一応心配していますが、というスタンスをとっているが、「何してんのお前(けいべつ)?」という副音声が聞こえる気がしてならない。


くん、だいじょうぶー?」


 すずが苦笑いして、かえでの頭をぽんぽんとでる。


「ええっと、すずはらさん、その……」

のぞ、パパラッチ、パパラッチ再犯……」

「ちょっと待ってちょっと待って!?」


 ぽつぽつとつぶやく言葉がぶつそうすぎる。けいほうはぜんぜん知らないが、なんだか一発でじつけい判決がくだりそうな罪状だ。パパラッチが罪なのかは知らないけども。

 立ち上がってひざをはらったものの、気まずいにもほどがある。

 どうしたものか……と思っていると、すずがにこりとほほんでくれた。THE・ちゆうかいにんといったがお。どういうがおだそれは。


くん、とりあえず今は……ね? わたしもちょっとがんってみるから」

「あ、ああ。わかった、ありがとう……?」


 がんってみるとはどういう行動を指すのか……? と首をかしげつつも、とりあえずその場を後にする。

 曲がり角を曲がるまで、こおりけのピックをぐりぐりとすような視線を背中にひたすら感じていた。




Interlude


 おりが立ち去ったあと、鹿かのおかすずかえでの頭をぽんぽんとでた。


かえで。そろそろ許してあげたら? 三回とも、くんはたまたまその場に居合わせただけでしょ?」


 入学式の日の通学路、それとかえでがおもくげきしたと思われる放課後、そして今。

 他のクラスメイトが……それどころかすず以外の女友達でさえ見たことのない、かえでの無防備な一面。


「……べつに、許してないわけじゃないから……」

「あの態度で許してるんだったら、許してないときはいったいどうしてんのさ……」

「……おそいかかる?」

「思ったよりばんだった!」


 けらけらと笑う。かえでほおをぷっくりとふくらませ、気持ちの行き場を求めるかのようにすずのお団子頭を両手でしんちようでている。ろくろを回してるみたいだ。


「ていうか……のぞき……パパラ……あの人だって、毎回じろじろ見てるから。あれはどうかと思うんだけど」

「呼び方……。まあね~……」


 かえでの言い分もわかるが、これまでの現場を思い返すと、すずとしてはいたしかたないと思ってしまう。

 ねこからはなれたくないと思いつつも近づけないでパニクる姿。

 気を許したごく一部の人──それこそ、家族や自分にしか見せないがお

 それから、無防備にじゃれつく姿。

 そのどれもが、同性でなおかつおさなじみといえる自分でさえわいいと思うほどのかいりよくを持っているのだ。思春期男子にはたまるまい。ふふん。

 こほん、とせきばらい。

 かえでを正面から見つめる。降りしきる雪を連想させるぎんぱついだ海を思わせるへきがん。日の光を知らないかのような白いはだ。本当にれいだなー、と改めて思ったところで。


「それにしてもさ、もうちょっと反応してあげてもよくない? くんが何言っても、かえでってばそっぽ向いちゃうでしょ? そのたんびにくん、泣きそうになってるよ?」


 かえでが目を見開く。人形のような顔がとたんに生気を帯びたような、あるいはたましいが込められたかのように見える。


「え……っ。ほ、ほんとに……っ?」


 どうやら気付いていなかったらしい。こうやっておりづかうあたり、かえでおりのことをきらいになりきれていないのだろう。というかきらいではないのだろう。


どうようしてるかえでも可愛いなーうりうり~」

「ちょ、やめ、わしゃわしゃしないで……っ」


 ぎんぱつでてじゃれ合う。窓から差し込む光を反射するかみは、山奥の清流みたいに指のすきからこぼれ落ちる。小さいときから知り合ってなかったら、他のクラスメイトと同じように気おくれしていたかもしれない。


「……かえでが笑ってるとこを見られたのは不覚だったけどさ。だれにも言ってないみたいだし、そろそろ無視はやめてもいいんじゃない?」

「……なんか、私がいじめてるみたいなんだけど……」


 とがらせたくちびるをつまんでみた。かえではらいもせず、なつとくしていない顔で見つめてくる。可愛いなこやつは。


「なるほどなるほど? ええと、『冷たい目でにらみつける』『話しかけられても無視をする』……」

「や、やめて、そこだけ切り取るとほんといじめみたいだから……っ」

「ふぶぶぶぶ……っ!? ちょ、顔をでるのはやめんかー!」


 なぞたいこうさくだった。両手で顔をでられて変な声が出てしまった。


「まあ、今のはじようだん……でもないんだけど」

「う、うん……実際やってたことだし……」

「あ、ちょ、そんなへこまなくてもいいから。ね?」


 予想以上に落ち込む様子にあわてる。

──人を傷つけ慣れている人などそうそういないだろうが、かえでは傷つくときの痛みを、きっと人よりもたくさん知っている。すずはすべて知っているわけではないけれど、それでもたくさん、この子が傷を負うところを見てきた。だからこそかえでは、自分が人を傷つけていたと気付くと、こうも落ち込んでしまうのだろう。


「まあまあ、明日かえでからあいさつしてさ、一言謝ればいいんじゃない?」

「え……難易度高い……休もうかな」

「おうこらええ度胸しとるやないかわれぇ」

「ふぶぶぶ……ちょ、顔でるのやめてぇ……」


 両手でれいな顔をでさすると、かえではなぜかりよううでをロボットみたいに動かした。

 今日も親友がわいい。

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