第48話 アンリ・マンユを救う者

アンリ・マンユは暗闇の中でうずくまっていた。


復活するまではここで待ちつづけるしかない。これはアンリにとって辛い時間だった。孤独だったころを思い出してしまうから。


でもそれでも我慢できるのはユキトが待っていてくれるから。今のアンリ・マンユには帰る場所があるのだ。


アンリはうずくまりながら想像する。ユキトの元に帰ったら最初に何を話そうか。一緒に何を食べようか。どこに連れて行ってもらおうか。


それを考えているだけで暗闇の中に薄っすら光が差してくるような気がした。


「ふっふっふ!帰ったらユキトにケーキ食べ放題に連れて行ってもらうのだ!楽しみなのだ!」


ユキトが待っていてくれるだけであれだけ怖かった暗闇の中でもワクワクできるのだとアンリは笑ってしまった。ユキトがいればもう暗闇ごときを恐れることはない。アンリは嬉しくなる。そして考える。ユキトとの幸せな未来を。


もう少し大きくなったらユキトと子供を作ってもいい。そして幸せな家庭を築くのだ。自分とユキトの子ならこの世で一番かわいいだろう。そしてその子を愛すのだ。世界で二番目に。


世界で一番は永遠にユキト。


悪の神、厄災の根源、死そのもの、そんな自分がアンリはずっと嫌だった。なぜ生まれてきてしまったのか。こんな事なら生まれてこなければよかった。彼女の人生は初めからその思いで始まっている。誰からも必要とされず、忌み嫌われるために生まれて来た存在。


誰も自分に触れてくれることはなかった。

悪神とは必要悪だ。システムと言ってもいい。だがそれが成り立つのはそれが本当にただのシステムだった場合だ。


そのシステムには心があった。そして永遠に感じるような日々、泣き続けながらうずくまっていたのだ。


世界は一人の少女を犠牲にして成り立っていた。その少女は神が世界の成立のためにたった一人見捨てられたのだ。


彼女を救ったのは一人の少年。『世界がどうとかどうでもいい。ずっと一緒にいよう』と言ってくれた少年。


アンリにとってユキトは神なんかよりも尊い。世界のためだと言って自分に全てを押し付けていった片割れなど、アンリにとってはもうどうでもよかった。


ユキトのことを考えると暗闇の中でも胸が温かくなる。ユキトとの明日を考えているとぐっすりと眠れる。なによりもユキトに名前を呼ばれるたびに生まれてよかったと思えた。


だからアンリはユキトからもらった沢山の言葉を抱きしめながら暗闇の中でユキトとの再会を想像していた。それだけで一人ぼっちでも笑みがこぼれてくるのだ。


『ユキト、我とユキトはずっと一つなのだ』



バチン!!!



幸せな気持ちだったアンリに強烈な痛みが走る。


、、、


『う、嘘だ』


どんなに離れても切れることのないユキトとの繋がりが切断されたのだ。


『ユ、ユキト?い、嫌だ。嫌だぁぁぁぁぁ!!!!』


アンリの叫びは暗闇さえ切り裂いた。ユキトを感じられなくなったアンリは完全に正気を失う。


『うわぁぁぁぁぁ!!!』


悪神アンリ・マンユが理性を失って世界に解き放たれた。これは世界の終わりを意味する。


ガブリエルとウリエルがユキトを連れ去ったのはアンリ・マンユの力を封じるためではない。その逆、アンリ・マンユを解き放つため。


アンリ・マンユに世界を滅ぼさせるのが本当の目的だった。







神殺しの槍ロンギヌスの会議が終わった時、ユキトが神の力で一時的にアンリとの繋がりを断たれた時、世界は夜に包まれる。


「え!?なにこれ!?」


会議が終わって外に出て数歩歩いたところで急に夜になったことにユウカは困惑する。


だが急激な変化はこれだけでは済まなかった。気温も急激に下がり、外に数十分でもいれば凍死してしまうほどの寒波に襲われた。


「ヤバい!アンリ・マンユが暴走してる!」


カエデがいち早く何が起きているかに気付く。


「儂でも一切予知できなかった。さすが神の片割れと言ったところか」


「そんな暢気なこと言ってる場合じゃない!私が止める!」


カエデはその場から姿を消し、ユウカの前に現れる。


「ユウカちゃん、大丈夫?生きてる?」


「カエデさん?は、はい、寒いですけど。というか何が起こってるんですか?」


「まだ暗くて寒いだけだけど、このあと病気や災害もバシバシやってくるわよ」


「、、、もしかしてアンリですか?」


「そうだね。悪神アンリ・マンユが完全に暴走している。なにかアンリを暴走させる方法があったのかもしれない。私たちは連中の狙いを見誤った」


「そんな方法一つしかないでしょう。アンリはユキトを探してるんですよ」


ユウカには空を塗りつぶす黒も全て奪おうとする寒さも、迷子の子供が泣きじゃくっているようにしか感じられなかった。


ユウカにとってアンリは邪魔者でもあり、恋敵でもあったが、それでもユキトのことを自分と同じぐらい好きな唯一の友達でもあった。だからアンリの悲しみが痛いほどに伝わって来た。


「ユキトとの繋がりが斬られたのかもしれないわね」


「今のアンリはユキトがいない世界などなくなってしまってもいいという状況だと思います。というか私でもそう思います」


「え?さらっと怖いこと言った」


「だからユキトが生きていることを伝えれば正気を取り戻すはずです。それどころかユキト奪還においてもっとも強力な戦力になる」


「あ、スルーされた。まあでもその通りかもね」


「私があのおバカを元に戻します」


「出来るの?」


「私しかできないですよ。だってここからは恋バナですもの」


「そうか。若いっていいわね。じゃあ私が一旦全力でアンリ・マンユを抑え込むけど、そんなに長くは持たないわよ。あんまり盛り上がり過ぎないでね、恋バナ」


「大丈夫ですよ。盛り上がるわけないじゃないですか。恋敵ですよ」



―ベルゼビュート 私をアンリの中へ―



『お嬢、俺あの悪神の中に入るの嫌なんだけど』


「、、、お願い」


『はぁ、そう言われたら断れねーな』



―夜食―



飛び上がって行ったユウカは夜空の中に吸い込まれていった。



「恋で世界を滅ぼすか。こっちの方が真っ当ね。でもやっぱり世界を滅ぼさせるわけにはいかないのよ。だって世界がなくなったら恋も出来なくなるんだから」



―いる? ニャルちゃん―



『いるいる。聞いてた聞いてた。まああれっしょ?アンリっちを止めればいいんしょ?てかアンリっち激おこじゃん!』


「ニャルちゃん、どれぐらいいけそう?」


『カエっちの考えてる通り数十分が限界じゃない?』


「わかったわ。それじゃあ、お願い」


『りょうかい。人の恋路を邪魔する奴はなんとやらよ!』


「なんとかなったら死ぬほどスイーツ食べようね」


『めっちゃ楽しみ!今回はウチの方が食べるよ!』


「じゃあやりましょうか」


『任せて。今からこの空間はウチらのものだよ』


三原則の一人、カエデ・ニイナについている悪魔は『ニャルラトホテプ』。偽神である。能力は『時空』。時と空間を操る。



―閉塞し停止する世界―



カエデはアンリ・マンユを時の止まった空間に閉じ込める。


『うぐぐ、カエっち。思ったより持たないかも。さすがアンリっち、とんでもない力だよ』


「ごめんね、ニャルちゃん。出来るだけ耐えて」


カエデは辛そうな顔でニャルラトホテプに頼んだ。


『おっけー!カエっちの頼みならもちろん頑張るっしょ!』


それに対してニャルラトホテプはかなり軽かった。

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