第37話 忘れがちですが学生なので学園祭が始まります

あのくだらない戦いが終わって神殺しの槍(ロンギヌス)は立て直しのためにバタバタしていた。まず『暴牛』と『狗神』の隊長が新しくなった。暴牛の隊長にはササキ家の末妹ミサキ・ササキが就任した。ミサキは元々暴牛の3席だった。隊長副隊長がいなくなったのだから順当な人事だ。ミサキは優秀だがまだ14歳と幼いことから不安視する声もあったが、脱兎の隊長が10歳なもんだからそこまでおおぴらに反対することも出来なかったようだ。




次に狗神の隊長にもササキ家の者が就くこととなった。イチジョウ家が壊滅し、六家になったことで空いた椅子を取り合うことになった。だがここは上人である権限を使ってコウイチロウのおっさんがササキ家をそこにねじ込んだ。




名前はユウジロウ・ササキ。ササキ家の分家筋の中から選ばれたコウイチロウの従弟に当たる男だ。




今まで十三槍には属していなく、神殺しの槍(ロンギヌス)の中の技術開発局で副局長の地位に就いていた。




技術畑なために戦闘能力に不安の声が上がったが、コウイチロウのおっさんはその意見を無理やり黙らせたらしい。あのおっさんがそこまで強硬策に出たんだ。かなりの信頼を置いているんだろう。




まあ隊の立て直しとか色々大変だろうが、灰猫には関係ない。ここのところ働き過ぎだ。少しゆっくりさせてもらいたい。というかゆっくりしている。




「ユキト!この姿を見るのだ!」




メイド服を着たアンリが俺の前で胸を張っている。そう、今俺たちは学園祭の準備の真っただ中。つまり学園パートである。




「え、アンリ学祭出るつもりなの?」




「そうなのだ!今は認識阻害を解き、ユキトの嫁としてクラスに馴染んでいるのだ!」




いつの間にそんなことに。




「確かに馴染んではいるけど、嫁ではなくユキトの妹としてだから!大きくなったらお兄ちゃんと結婚する的なブラコン妹だと思われてるわ!」




すかさずユウカが割って入ってくる。そしてユウカもまたメイド服を着ていた。




「そんなことよりユキト!我のこの姿を見て何か言うことはないのか!?」




「ああ、すごく可愛いよ」




「そうであろう、そうであろう!我は可愛いのだ!」




アンリは嬉しそうにふんぞり返っている。その横でユウカがチラチラと俺を見てくる。




「あの、ユキト。私はどうかな?」




「可愛いに決まってるだろ」




「えへへへ。そ、そうかな。でもそう言ってもらえてうれしい」




ユウカも嬉しそうにしている。




「ユキト君は稀代の女たらしだねぇ」




そんな俺たちを見てニヤニヤしながらユメが寄ってくる。




「お前もメイド服似合ってるぞ」




「うん、そういうとこだよ。ユキト君」




ユメはビシッと俺を指さしてくる。




「はぁ、じゃあどうすればいいってんだよ。似合ってないって言ったら、それはそれで怒るんだろ?」




「それは当たり前じゃないか!」




ユメは偉そうに胸張りながら元も子もないようなことを言ってくる。




「で、なんで俺はここに呼ばれたんだ?」




そもそも今回の出し物はメイド喫茶。男子の役割はドリンクとか簡単な軽食を作ることになっている。だからわざわざ俺が見に来る必要ないのだ。なのになぜか呼ばれている。




「あ、そうそう。ユキトには転校生に学校の案内をしてもらおうと思って」




ん?ユウカは何を言ってるんだ?




「転校生?そんなのいたか?」




「昨日のホームルームで紹介されたでしょ」




、、、確かに言われてみればそんなことがあったような気もする。




「でもなんで俺がその転校生の案内をしなきゃいけないんだ?」




「それもホームルームで決まったじゃない」




??そうだったか?俺が?




「それってなんで俺になったんだ?」




「え?確か今日一番手開いてるのがユキトだったからじゃなかったっけ?」




「なんで疑問形なんだよ」




「ユキト君、今日はよろしくお願いね」




ユウカの後ろから人懐っこそうな小柄な少女が現れた。、、、ああ、そういえばこいつが転校生だった。確か名前は―




「ナナセ・キリュウだよ」




「そっか、ナナセ。よろしくな」













ユキトたちが学園パートへと入っているころ、まだまだ肩の力の抜けない者たちもいた。それは『暴牛』と『狗神』の隊員たち。特に新隊長の2人だ。




とは言っても『暴牛』の新隊長ミサキ・ササキの就任は何の問題もなく行われた。そもそも『暴牛』の隊員はササキ家関係者。コウイチロウが上人に、副隊長だったリクゼンが悪魔憑きじゃなくなったとなれば第3席だったミサキが隊長になるのは当たり前のこと。反対するものなど誰一人いなかった。




むしろ牛鬼に精神を侵され正気を失っていたリクゼンより、ミサキの方が人気があった。まだ幼いがその実力は本物で隊員たちから『姫』と呼ばれ慕われてもいた。




「姫!隊員たちが集まっております。どうぞ就任のあいさつを」




元第四席だった新副隊長イサム・ササキがミサキの元にやってくる。イサムは分家筋の人間だが、ミサキが幼いころから彼女の護衛として傍に使えてきた男だ。ミサキの隊長就任を誰よりも喜んだのは彼だ。




「イサム兄、姫はやめてよ」




「いえ、それを言うなら姫こそイサムと呼び捨てにされませ!今日から姫は『暴牛』の隊長となられるのですから!」




「、、、わかったよ。じゃあボクの補佐頼むよ」




「もちろんでございます」




イサムは深々と頭を下げる。




ミサキがイサムに連れられ『暴牛』隊舎の外に出ると広場に隊員たちがずらりと並んでいた。そして隊員たちの目は一人残らず希望に満ちていた。




彼らに悪気などないがその目は14歳の少女には重圧でしかなかった。




「、、、」




言葉が出なくなったミサキの後ろからイサムの優しい声が聞こえる。




「大丈夫です。あなたのままで大丈夫です。私が付いております」




根拠も何もないただ優しいだけの言葉。だがミサキはいつもこの言葉に支えられてきた。イサムが心の底から言っていることが痛いほどわかるからだ。自分を励ますための優しい嘘ではない。自分を信じ切った痛いほどの本音だ。




「すぅー」




ミサキは大きく息を吸って、眼前に並ぶ自分の部下たちとしっかりと向かい合う。




「ボクが今日から『暴牛』隊長になったミサキ・ササキだ!前隊長であった兄は素晴らしい隊長だった。ボクが兄のようにみんなを導けるかはわからない。だからボクと一緒に道に迷ってくれ!道を探してくれ!ボクはその先頭を行く!」




「「「「「おおおおおお!!!!!」」」」」




「まだ頼りないボクだけど、これだけは約束できる!『暴牛』は家族だ!ボクはみんなにこの命を預ける!だからみんなの命をボクに預けてくれ!!!」




「「「「おおおおお!!!!!」」」」




「姫様ー!!!」




「我らの全てを姫様に預けます!」




「姫様万歳!!!」




『暴牛』の隊員たちは凄まじい盛り上がりを見せる。これはミサキ本人にとっても予想外で、驚きを隠しきれなかった。




『暴牛』は十三槍の中で最も平均年齢が高い隊だ。これはササキ家独特の悪魔憑きの育て方に由来する。




ササキ家は古くから子宝にやたらと恵まれる家で、七家の中でも断トツで人数が多かった。だがササキ家はその人数にものを言わせて一気に覇権を狙おうとはしなかった。長く先を見据えて人を育てた。他の家が悪魔憑きになった者をすぐに戦場に送るのに対して、ササキ家の悪魔憑きはしっかりとした実力を得るまでは戦場に送られない。じっくりと悪魔との絆を作り上げたうえで天使と戦わせるのだ。層が厚いササキ家にはその時間が作れる。




だから悪魔に飲み込まれたリクゼンはササキ家としても思いもよらない事態であった。それ故に対応が遅れたいうこともあるのかもしれない。




これに関しては悪い意味でリクゼンと牛鬼の相性が良すぎた。それでもあの程度であれば祓わずに悪魔との関係を築きなおすことも出来た。だが今回は次期隊長になるかもしれないということで悪魔祓いの決断をコウイチロウはした。それもササキ家の層の厚さあって故だ。そしてコウイチロウはリクゼンが悪魔祓いを望んでいるようにも思えたのだ。優しい弟を戦いから解放してやりたいと思ったのかもしれない。




そんなササキ家だが12歳という若さで『暴牛』に入隊して天使との戦場に出た例外的存在がいた。それがミサキ・ササキである。彼女は生まれながらに悪魔を体内に宿していた。彼女に宿っていたのは最下級の名もなき悪魔だった。死にそうだったから生き延びるために胎児であったミサキに宿っただけの矮小な悪魔。だがそれ故に10歳になるまで悪魔が宿っていることは気付かれなかった。

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