第105話
ディオンは息を切らし、ようやくリディアの元へと辿り着いた。だがその瞬間リディアは剣を抜き男へと剣を突き付け、足を踏み出した。
剣と剣が打つかる音と金属の擦れる音が絶え間無く響く。真剣は重量があり女のリディアには重過ぎる。両手で必死に支えながら、全身で踏ん張っているのが分かる。だが……敵の剣を全て受け止め、躱していた。
幼い頃、妹に剣の稽古を遊びでつけていた事がある。あくまで、子供の遊びだ。基礎は教えはしたが、あんな動きが出来る筈がない。
目の前の光景にディオンは思わず足を止めた。燃えるような美しい赤い髪が揺れている。敵を見据えるリディアの瞳は強く鋭い。
「……ヴェルネル、殿下…………」
後を追って来たであろう部下の副団長であるジークフリートは、目を見開き立ち尽くしそう呟いた。
ディオンは、その名に顔を顰める。ヴェルネル……聞き慣れないが、彼が誰なのかは知っている。
現国王の弟……。確か十六年前くらいに亡くなった筈だ。死に方が死に方故に、彼の名を口にする者は殆どいない。それは……謀反の罪で処刑されたからだ。それを何故ジークフリートが口にしたのか。
一体どう言う意味なのか……ディオンには理解出来ない。
そんな事に気を取られ、一瞬だけ視線を外した時だった。リディアの小さな悲鳴が聞こえ、リディアの手にしていた剣が弾き飛ばされた。ディオンは我に返り足を踏み出すが、ディオンの剣が届く前に腕を斬られ血飛沫が飛んだ……リディア、ではなくマリウスの。
「マリウス殿下っ」
「大丈夫かな、リディア嬢」
どうやら、リディアの盾になってくれた様だ。腕から血が止めどなく流れているにも関わらず、何時も通りの食えない笑みを浮かべていた。
シュッ……。
空気を斬る様に、ディオンは剣を振り黒い外套の男を斬り捨てる。ことりと、男の首が転がる。少し返り血を浴び、服を汚した。
「リディア‼︎」
ディオンはマリウスの横を通り過ぎ、リディアへと駆け寄る。そして掻き抱いた。
良かった、無事だ……生きている。リディアの温もりを感じ心底安堵した。
「ディ、オ……」
瞬間腕の中の身体がずっしりと重くなる。
緊張の糸が切れたのか、リディアはそのまま意識を手放してしまった。
気が付けば、いつの間にか辺りは静かになっている。黒い外套の男達の生き残り等も姿を消していた。
その時だった。
「リディアっ‼︎」
血相変えた王妃のクロディルドが駆けて来るのが見えた。怪我をしている自身の息子には目をくれず、真っ直ぐにこちらへと向かって来る。
「リディア⁉︎リディアは無事なの⁉︎」
意識を失っているリディアに悲鳴の様な声を上げる。
「誰か‼︎医師はいないの⁉︎」
「王妃様、こちらに」
「何をしているの‼︎早くなさい‼︎」
周囲は呆気に取られるが、なりふり構わず王妃は叫び続ける。
「王妃様、マリウス殿下を」
従者の男がそう口を開いた。
「そんなのはどうでもいいのよ‼︎早くリディアを助けなさい‼︎早く!何してるの!リディアに何かあったら、その首切り落とすわよっ。心しなさい‼︎」
医師は血相を変えて、ディオンの腕の中で意識を失っているリディアへと手を伸ばしてくる。震える手で、脈や呼吸などを簡単に確認していた。
「外傷もこれと言って見当たらないですし、気を失っているだけの様です。ですが、大事を考え暫くは経過観察を致した方が宜しいかと……」
クロディルドの顔色を伺う様にして医師の男は説明をする。だが王妃は訝しげな表情を浮かべていた。
「そう、分かりました。リディアは暫くこちらで預かります」
有無を言わせず、ディオンへとそう告げる。ディオンは唇を噛むが、頷く他ない。相手は王妃だ。拒否権などない。
それに、王族の専門医に診て貰えるなら安心ではある。致し方がない。ディオンはリディアを自身の外套で包むと、抱き上げた。
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