第98話
「ディオン、おはよう」
「……あぁ」
リディアが食堂に行くと、まだ食べ終えていないであろうディオンは席を立った。皿を見ると明らかに半分以上残されている。
「ねぇ、まだ残って……」
だが、ディオンは早々に食堂から出て行ってしまった。
あの日を境に、ディオンから避けられている。リディアは、朝はディオンが屋敷にいる時間に早起きをして、夜は帰って来るのを遅い時間まで寝ないで待っている。休みの日を調べて、わざわざ休みを被せたりもしていた。
だが先程の様にディオンのリディアへの態度は頗る冷たく、目すら合わせてくれない。呼び止めても無視される事が殆どで、どうする事も出来ない。
ため息を吐き、リディアは兄の座っていた隣の席に腰を下ろした。
「……」
少し前までは一緒に食事を摂って、他愛無い会話をして、たまに喧嘩して……。まだそんな経っていない筈なのに、酷く懐かしく感じた。
ディオンは今、完全に逃げに走っている。兄が一体何に怖気付いているのかは分からない。やはり、血の繋がりがなくとも兄妹である事で引け目を感じているのか、それとも別に何かあるのか……。
何にしても、リディアは譲る気は毛頭ない。
覚悟は決めた。これからディオンとどうしたいかなんて、正直分からない。だが、自分の気持ちから、兄の想いから逃げたくない。絶対にディオンの口から本心を言わせてやる。
そしたら、これからの事を二人で話せば良い。
「それで……いいよね」
兎に角、先ずは逃げ回る兄をどうにかする事が先決だ。これでは話す事もまともに出来ない。さて、どうやって捕まえようか。頭を悩ませる。
「剣術大会?」
その日の昼休み、シルヴィとお茶をしていたリディアは、目を丸くした。
「そうなの。毎年騎士団内で開催してるらしいんだけど、見物する事も出来て……。私これまで全然興味なくて見に行った事はなかったんだけど、兄……フレッドがどうしても見に来て欲しいらしくて……。なんでも彼、友人がいないから応援してくれる人がいないそうなのよ。可哀想よねー。だから、その」
何処か余所余所しいシルヴィに違和感を感じながらも、リディアは二つ返事で了承をした。
「うん、いいよ」
「え、本当に?兄さ、じゃなくてフレッドも喜ぶわ~……」
剣術大会なんて初耳だった。ディオンと真面に話す様になったのも最近だし、噂話に疎いリディアには知る由もなかった。
「剣術大会、か……」
無論ディオンも参加するだろう。
幼い頃はお遊び程度に剣の稽古を一緒にしていた事もあったが、大人になってからはディオンが剣を振るう姿を見た事はない。
思わず喉を鳴らす。
物凄く興味がある。きっと、絶対強くて格好良い……と思う。想像しただけで、顔が熱く感じた。
「聞いた話だと意外と見物人は女性が多いらしいのよね。なんでも団長二人が目当てとか」
瞬間一気に冷めた。確かにディオンは女性に人気がある。何処ぞの令嬢等からの黄色い声が、兄を応援する姿が目に浮かぶ。
想像しただけで苛っとしてきた。
暫し、苛々が収まるまで黙り込んでいるとある事に気が付いた。
「シルヴィちゃん、大丈夫?顔色が悪そうだけど、体調でも悪いんじゃ」
「え、ううん!だ、大丈夫よ。ありがとう、リディアちゃん。ふふふ」
やはり、何時ものシルヴィとは違う様に感じる。風邪でも引いたのではないかと、心配になった。
「明後日の剣術大会愉しみね」
誤魔化す様にシルヴィがそう言って笑った。
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